優しいきみ



こっち向け、こっち向け、と思いながら名前(男)をじぃっと見つめる。
あ、こっち向いた。…目を逸らされた。

「……。」

名前(男)に告白してから2週間、俺は徹底的に避けられている。


名前(男)が好きだとずっと思っていた。物心ついたときから名前(男)は俺の傍にいてくれて、俺のモノだと思っていた時期すらある。
やがて思春期を経て、それとなくしかし大胆に名前(男)への好意をアピールしていたはずだった。周りの聡い人間―――たとえば白石部長とか小春先輩とか―――は俺の名前(男)に対する気持ちが友情を超えていることに気付いていた。
だが名前(男)は俺の気持ちには全く気付いていなかった。それどころか、早く独り立ちさせなければなんていう親のような気持ちで俺のことを見ていたらしい。

そこで俺はやっと自分の気持ちを言葉にした。好きだ、と伝えた。

「光?どないしたん改まって。」
「…好きなんや。」
「ん?俺も好きやで?」
「…そういう好きやなくて、男として、恋愛で、好きなんや。」
「…は?」
「ずっと好きやったんや。名前(男)だけがずっと好きやった。」
「な、何言うてんねん。…冗談やろ?なぁ、そういう冗談は、」
「冗談とちゃうわ。俺は名前(男)が、」
「それ以上言うなや!…光はずっと俺のことそういう目で見てたん?」
「…まぁ。」
「……。」

名前(男)は自分の口に手を当てた。この仕草は困っているときにするものだ。俺になんて言おうか迷っている。

「…すまん。俺にはそういう世界があることの意味がわからへん。…正直、気持ち悪い。」

…まぁそれが普通の反応だよなと思った。どっかの漫画みたいに「実は俺も…」なんて展開は待ち受けていない。心のどこかでそう思っていたにも関わらず、俺はショックを受けていた。長年の片思いの中で傷ついたことはたくさんあったが、それでもこんなショックを受けたのは初めてだった。

「…気持ち悪い、て何やねん。」
「せやって、光も俺も男やで。こんなんおかしいやろ。」
「そんなん、わかってるわ。」
「やったら、」
「好きになってもうたんやからしゃあないやろ!俺は14年間お前しか見てへんねん!その俺の人生まで否定すんなアホ!」

完全な逆切れだ。それでも、俺は自分を全否定されたような気がして仕方なかった。俺の今までの人生イコール名前(男)が好き、だった俺にとって、名前(男)が好きであるということは当たり前のことだったから、それだけは否定してほしくなかった。特に名前(男)本人には。
…受け入れてもらえるなんて思っていなかったのに、それでも名前(男)は優しいから俺は自惚れていた。「しゃあないなぁ。」って俺を優しく抱きしめてくれる名前(男)を想像していた。
名前(男)は何も言わなかったので、そのまま走って帰った。部活をサボってしまったがそんなこともうどうでも…良くはないけど。それでも今日は部活どころではなかった。自分の部屋に戻って、名前(男)に借りたCDとか名前(男)が泊まってそのまま忘れていった着替えとかを見つけて、ぶわっと涙があふれてきた。失恋がこんな辛いとは思わなかった。

部長からメールが来ていたので、今日は休みますすいませんと返信したらなんだか頭まで痛くなってきて、熱を測ったら37℃だった。平熱が低い俺にとって相当な高熱だった。泣きすぎて熱出てくるとか本当に子供だ、と思いながらベッドに潜った。

それから結局2日休んで3日ぶりに学校に行った。名前(男)は明らかに俺を避けていたし、俺も自分から話をしようとは思えなかったので端から見ても俺たちはぎくしゃくしていたらしい。
早よ仲直りせえよ、なんて何も知らないクラスメートに言われててきとうに返事をした。
これがただの喧嘩だったらどんなに良かったか、そう思った。

俺たちが喧嘩をすると、たいてい名前(男)がいつも折れていた。それで、名前(男)が謝ってくれたら俺も素直に謝れたのだ。
でも今回は名前(男)が俺を避けていたので俺にはどうすることもできない。
2週間が過ぎた今日もまた避けられて、俺は真剣に焦りだした。このまま学年が変わってしまったらそれこそ本当に名前(男)は俺と関わりがなくなってしまうのではないかという焦りだ。

帰り道、今日は部活が自由参加の日だったから何とかして名前(男)と話をしようと思っていた。しかし名前(男)はHRが終わるとすぐに帰ってしまった。
そのまま部活に参加する気も起きず、かといってまっすぐ帰る気もしなかったのでゲーセンとCDショップで時間を潰してから家に帰った。このまま消えてしまいたいなんてぼんやりと思った。

日が傾いたころ家に帰ると、玄関に見覚えのある靴があった。

「光ー?名前(男)くん来とるでー。」
「え、」
「何待たしてんねんアホ、早よ行きや。」

兄貴に言われて自分の部屋に行くと、名前(男)が正座して待っていた。

「…何してんねん。」
「おかんにおかず持ってけ言われて来たんやけど、光の部屋に俺のモンけっこうあるから取りに来た。」

あぁそうか。話をしにきたわけじゃなくて、ただ荷物の回収に来たのか。

「あぁ…、これな。」

名前(男)の物はまとめて紙袋に入れてあったのでそれをそのまま渡した。別に名前(男)なんか来なくてもいつか返しに行くつもりだったんだ。
名前(男)はすぐ帰るかと思ったら何故かまだ正座したままだったので俺は眉をひそめた。

「他に何かあるん?」
「……その、コレは建前で、光と話がしたかったんやけど、」

ぼそぼそと言葉が紡がれていくのを無感動に聞いていた。

「何?」
「その、光が俺んこと、す、好きとか言うたやろ?」
「あぁ。」
「それな、気持ち悪いって言ってもうたん後悔しててな、…」
「で?」
「あぅ、その、ゴメンな。」
「そんだけか?」

違う。俺が聞きたいのは謝罪じゃない。もう気が済んだなら早く帰ればいい。これ以上名前(男)といたら自分が何を言うかわからない。それくらい俺は余裕が無かった。

「…光ぅ、」

名前(男)が困ったように眉を寄せた。うるさい。名前(男)の言いたいことは大体わかる。どうせ、友達のまんまでいたいとかそういう類のことだろう。でもな、俺はそんなん嫌なんだ。友達のままでいるとか生殺しには耐えられない。
恋人になれんのやったら他人になった方がマシや。

「…なぁ、光、何で俺なん。お前に好きな奴が出来たら一番応援したろうって思ってたんやで俺は。…何で、俺なん。」

何で名前(男)かなんて決まってる。お前がそんなにも優しいからだよ。自分の幸せより俺の幸せを願ったりするお前だから好きなんだよ。

「…ずっと、名前(男)しか見てへんかったから。俺は名前(男)やないとアカンのや。…友達のまんまとか俺には無理や。」
「…………何でなん。」

名前(男)が泣きそうな顔をした。俺だって泣きたい。

「なぁ、名前(男)は何で俺やとアカンの?俺は名前(男)が大好きで大好きで頭おかしくなりそうなくらいなんやで。なぁ、俺を拒否せんとって。俺を一人にせんとって。」

ずるい言い方だ。名前(男)の優しさにつけこむ言い方なのはわかっている。
名前(男)を困らせたいわけじゃ無いのに、結局また困らせてしまっている。……ホンマ、救えんわ。

「……それなら、こうするしかないな。」

名前(男)が小さく呟いたのを俺は確かに聞いた。何をされるんだと顔を上げると、名前(男)はさっきまでの困ったような顔では無く、何かを決意したような顔をしていた。

「……俺は光を好きにはなれん、と思う。せやけど、それは今までそういう目で光を見てこんかったからや。好きとか嫌いとかやなく、ちゅーか友達としては光は大好きや。…せやから、俺が好きなら、俺を落としてみ。」
「落とす…?」
「男とか女とか関係無く、これから俺は光を一人の人間として見るからな。それでも俺が光を好きになれんかったら、そん時は俺と光はただの友達や。」

あぁもうホントに。
コイツは優しい。

俺にチャンスをくれた。
普通なら気持ち悪いと思うところだ。それでも俺は名前(男)を好きでいることを許された。それが堪らなく嬉しい。

「……わかったわ。」

ぽつりと返事をすると名前(男)はニカッと笑った。そうだ、コイツの笑顔も好きなんだとしみじみ思う。

「ほんなら、また明日。」
「ん。じゃあな。」

名前(男)ははじめよりずっと明るくなったように帰っていった。


ふうとため息を吐いてベッドに横になる。名前(男)が好きだった。

ベッドの横にはさっき渡したはずの紙袋があって、あぁまた名前(男)を家に呼ぶ口実が出来たとにんまりした。


END







「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -