死人が唄う始まりの歌
主人公とブン太以外の人との事後があります。またいかがわしい表現がありますご注意。
貴方ってつまらない人ね。
そう言ったのは俺の姉貴だった気がする。姉貴は10歳上だった。俺が物心ついた時には毎日毎日違う男を家に連れ込むようになっていた。
母親は水商売をしていた。
父親は低俗な文章を書く作家だった。
そんな環境で育った俺はまともな奴なわけがない。
人と触れ合うのは嫌いではなかった。この時だけは自分が一人であることを忘れられたからだ。
でも誰といても心が満たされることは無かった。
ブン太に振られた日に、久しぶりに母親に会った。
相変わらず厚化粧で若作りのこの女は非常に勘が鋭い。
「振られた?」
いきなり言い当てられた。
「みたい。」
「好きだったの?」
主語が無い会話。でも何を意味しているかはわかった。
「わかんない。」
「そっか。」
正確に言うなら「好きという感情が」わかんない、だ。母親は俺を見てカラッと笑う。
「元気出せ。人間振られて大きくなんだよ!」
父親は嫌いだが母親は嫌いでは無い。ああいい女だなと思った。
「優しくないのね。」
気だるい空気の中、名前もわからない人に言われた。
「は?」
「わたし、貴方が好きよ。でも貴方は最低の人なのね。」
彼女はそう言って颯爽と帰っていった。
ああそうだ、ブン太もこんな目をしていた。汚いものを見るような、それでいて焦がれるような目。
俺を好きだと言った彼女と同じ目ということは、ブン太も俺を好きだったのだろうか。彼は俺を嫌いだと思っていた。
『俺がもう限界だわ』
ブン太はそう言っていた気がする。それはつまり、俺が好きだけど俺に愛されないのは辛いってことなんだろうか。
と、何で俺は今ブン太のことを考えたんだろう。来るもの拒まず去るもの追わず、が俺なのに。
別れ際の一言とか、やることやった後の雰囲気とか、嫌ってほど思い出せる。
ブン太は俺を見ていた。
きっと俺より俺を知っていた。
俺が誰も愛せないことを知っていた。
でもブン太は知らないのだ。
俺が自分から声をかけたのはブン太だけだってこととか。
男とするのは初めてだったこととか。
俺は唐突にブン太を欲しいと思ったんだ。
つまり、その感情の行き着く先はさぁ。
「……何だよ今更。」
「だって、わからなかったから。」
「お前は誰も好きになれねーんじゃなかったっけ。」
「でも俺ブン太が好きみたいだから。」
「相変わらずわけわかんねー奴。」
ブン太は泣いた。
嬉しくて泣いてるのか悲しくて泣いてるのかわかんないけど泣いた。
人が泣くのを見るのは嫌いだった。
「だから、俺に愛を教えてクダサイ。」
ブン太は泣き止まない。それどころか更にひどく泣いた。
「遅いんだよ馬鹿野郎!」
お前に対する気持ちなんかとっくに乾いてるんだっつーの!
と言われた。
「でも乾燥したものに水をかけると元に戻るよね。」
ブン太の目からこぼれる滴を舐めると、彼は一瞬ビクッとしたがすぐに大人しくなった。
ブン太はどうやら俺のことを好きだったみたいで、今更遅いとか言われたけどまだ俺を多少なりとも好きみたいだと思った。
END