詩人が歌う終わりの唄

事後を匂わせるような表現が出てきますご注意。



うわき【浮気】
心が浮わついて変わりやすいこと。特に、配偶者や婚約者などの特定の異性のほかに、他の異性と愛情関係を結ぶこと。


何の気なしに引いてみた辞書にはそう書いてあった。
浮気はそうやって定義されているのだとしたら、間違いなく名前(男)は浮気はしていない。
だって、俺と名前(男)は同性だから。

名前(男)は遊び人だ。色んな女のコをとっかえひっかえ、一人の人と2週間以上持った試しがない。―――例外は俺だけだ。

まぁ俺と名前(男)は付き合ってるとすら言えないような曖昧な関係。友達でも無い。でもセフレとは言いたくない。その感情が何を意味するかなんてわかっている。

名前(男)は自分のことをバイだと言った。両刀、つまり女も男も愛せるよってことか。
そんなの気休めでしかないと思う。名前(男)は誰も愛してなんかいないんだから。


「帰るの?」

ダルいと思いながら服を着ていると名前(男)に声をかけられた。

「あぁ。」
「何で?泊まってけば?」
「めんどくせー。明日も朝練あるから。」
「ふーん、バイバイ。」

その場でひらひら手を振られる。名前(男)はこの後また誰かと遊びに行くのだろうか。行きずりの女のコとよろしくやってんだろ。マジでむかつく。


別の日、何となく授業に出る気がしなくて屋上でサボっていたら名前(男)が来た。

「……よ。」

無視するのもアレだったから挨拶だけした。

「隣いーい?」
「あぁ。」

……………。

気まずい。出ていくわけにも行かず会話をするわけでもないこの空間は非常に気まずい。

「時計ばっか見てんだね。」

名前(男)が不意に声をかけてきた。

「俺といて気まずい?」
「…いや、別に。」
「バイの人ってさぁ、結局は女のコの方に行くんだって。」
「んだよ急に。」
「昨日会った人に言われた。」
「ふーん。まぁそうなんじゃねーの?」
「何で?」
「何でって、女を好きになる方が楽だからに決まってんじゃん。」
「楽、かなぁ。」

それはそうだ。異性を好きになる方が楽に決まっている。好き好んで同性を好きになりたいわけじゃない。
………だったら、俺は何でこんな奴を好きになってしまったんだ、と神様に聞きたい。好きになる要素なんてねーだろ。ただ顔が人より多少良いくらいで。

「って言うか、お前はバイでも何でもねーよ。」
「え?」
「だってお前、誰も好きじゃねーじゃん。」

名前(男)は虚を突かれたような顔をした。
少ししてフッと笑みをこぼした。

「あぁ、そうかも。」

グサッと心にその言葉が刺さる。何でだろうな、愛されてるなんて期待してたわけでも無いのに。

「……俺はもういいよ。」

コイツといると死にたくなる。自分がいかに浅ましい人間かを思い知らされてるようで辛い。

「もういいって何?」
「バイバイってこと。」
「…俺ブン太のことけっこう気に入ってたんだけど。」
「俺がもう限界だわ、じゃーな。」
「うん、バイバイ」

とまあ、あっけなく別れが来た。始まりは何だっけ。よく覚えていない。だから終わりもこんなあっけないんだと思った。

終わってしまえばあっけないもんだ。俺の生活は名前(男)で埋めつくされていたはずなのにすっかりテニス中心の生活に戻った。寂しさを感じることもなく、ただひたすらボールを追う日々が続いた。
何度か名前(男)とすれ違ったけど、目を合わせただけでそこに何の感情も生まれはしなかった。感情とは揮発するものだから、名前(男)といる時には潤っていた感情も今はすっかり乾燥している。


次に名前(男)と会ったのは部活を引退して時間を持て余していた時だった。

高校への進学も難なく決まり、誰もが恋愛へと気持ちを移行させるこの時期に名前(男)は俺のところに来た。

だらしなく開いているYシャツの首もとには赤い印がいくつかついていて、コイツも変わんねーなぁと苦笑しかけた時に名前(男)は口を開いた。

「バイの人って結局ホモなんだって。」
「はあ?」
「昨日会った人に言われた。女のコも好きになれるって自分をごまかしてるけど大体はホモらしいよ。」
「………で?」
「俺はどうしたらいいの?」
「知るか。お前ホモだったの?」
「みたい。」

救えない奴。でも確かに俺はコイツが好きだった。

「何か俺に言うことある?」
「………好き、だったみたい。ブン太のこと。」

何だよ今更。そう思う程度には俺はコイツが好きだったみたいだ。


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