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「アハハ、取り残されちゃったね、あたし達。」
近くから声がした。振り向くとわりかし大人しそうな女のコがいた。
「え?」
「皆話してるみたいだからさぁ、ちょっと置いていかれちゃったよね。」
「あー、みたいッスね。」
周りを見ると名前(男)とミスM女以外もけっこう話が弾んでいた。(名前(男)とミスM女は全く話が弾んでいないわけだが)
「あ、あたし八幡涼子って言うんだ。よろしく。」
「どうも!切原赤也です。」
「赤也くんはいいの?」
「何がッスか?」
「今日の男子って皆彩が目的で来てるのかと思った。」
「あー、俺今回はどっちかって言うと付き合いみたいな感じなんスよ。」
「ホントに?あたしは人数調整で入れられたんだー。皆苗字くん?って人が来るからって必死でさ。化粧5割増しだよ。」
「えーマジ?!つか、そんなこと言っちゃっていいんスか?」
「いーのいーの。」
話してみると、あっけらかんとした感じでとても話しやすかった。
「俺、名前(男)がM女で有名なんて知りませんでしたよ。」
「あー、電車とかで一緒になった子達が騒いだのが最初らしいよ。そんで立海の人に名前聞いて、みたいな。」
「へー………。」
「でもやっぱイケメンだね。ちょっと拝みたいくらい。」
「何スかそれ!」
「それくらいイケメンってこと!」
何だか面白い人だな、と思いながら話してた、ら。
「赤也。」
「名前(男)?どーした。」
「……助けて。」
ミスM女がトイレ行ってくると言って席を外したらしい。その隙に名前(男)がこっちに来た。
心なしかげっそりしている。あんな美人にあそこまで迫られてこんな反応するなんて嫌味なやつだな全く。
涼子サンはパッと笑顔になると名前(男)に挨拶した。
「あ、はじめましてー!あたし八幡涼子です。」
「どーも。」
「いやー、凄い人気だね!皆明日学校で自慢すると思うよー!」
気さくに話しかけている涼子サンに名前(男)はどういう反応をするんだとハラハラしながら見ていたら。
「あはは、何ですかそれ。」
……は?
何か、笑顔だ。にこやかだ。愛想が良い人に見える。さっきまでの無愛想っぷりが嘘みたいだ。
「彩がさー、苗字くんがカッコイイってずーっと言ってたんだよねぇ。」
「…あー……そうなんですか。」
「そういうの苦手?」
「あんまり好きじゃないです。」
「そうなんだー。」
こんなに愛想の良い名前(男)は見たことねー。え、どういうこと?!
「ただいまー、ねー名前(男)くんそれでさー、」
ミスM女が帰ってきた。しかし、名前(男)はミスM女には目もくれず涼子サンと話し続けていた。
唖然とするミスM女。微妙に勝ち誇った顔の涼子サン。……女の争いである。
その後も名前(男)はミスM女をスルーし続け、涼子サンと俺の3人で話していた。
…何となく面白くないんだけど。名前(男)意味わからん。涼子サンが実は好みとか?…いやアイツはホモだけど、…もしかしたら…うん。
「そろそろ二次会行く?行っちゃう?」
「わー行きたーい!」
「カラオケで良いですか?」
「うんうん!」
そう考え始めたらこんな会話が聞こえた。場が一段落してきたのでとりあえず店を出るらしい。
ツレ共はミスM女には冷たくされてたけど、他の女のコ達とはそれなりに上手くやれたようだ。
「どうしよっかなー……。」
涼子サンが迷う素振りを見せた。明らかに名前(男)をチラチラと見ている。
「あー、俺は明日も朝練あるんで帰りますー。名前(男)はどーする?」
「俺もそろそろ帰るよ、もう遅いし。」
「え、行かないの?行こうよ、名前(男)くん。」
「行きたいなら行けばいいじゃないですか。俺は帰りますね。」
きっぱりと言い切る名前(男)。笑顔なんだけど、これは愛想笑いってやつだろうか。はっきりとした拒絶を感じた。
「赤也、行こう。」
さっきまでのにこやかな対応が嘘みたいに無愛想に戻った名前(男)に引きずられるようにして帰ってきた。
「…お前、何がしたかったわけ?」
「…別に。」
「別にじゃねーだろ、何かもう意味わかんねーし…。」
「あの人、赤也のこと狙ってたから。」
「…はぁ?」
「赤也が取られちゃうって思ったら、ああいう風な対応してた。」
えーっとたぶんつまりこういうことだ。
ミスM女は明らかに名前(男)目当てだった、イコール俺に興味は無い人なので安心。
でも涼子サンは俺狙いだったから名前(男)はあえて自分に興味を向かせるように行動してたってこと、か?
「…まぁ、そうなるかな。」
「お前さ、それはやっちゃいけねーだろ。」
「何で?」
「…涼子サンと彩サンの間に亀裂が生まれたかもしんねーし、涼子サンが変に期待しちゃったりしたらどうすんだよ。」
「だから最後は断ったじゃん。あの二人の間にもともと友情があったとは思えないし、ただ俺が人より顔がいいから狙ってきたような人なんだよ?」
「そういう問題じゃねーだろ?!」
「じゃあ何?赤也が明らかに狙われてるとこ見ながら違う女の人に迫られてれば良かったの?」
「いやそうじゃなくて、だから、」
違うだろ、って思った。
名前(男)は優しくって、あったかい奴だ。だから、こんなことする奴だって思いたくなかった。名前(男)でも嫉妬したりするんだ。
「お前、そういうキャラじゃねーだろ?」
「…赤也が俺のことどういう風に思ってるか知らないけど、俺だって好きな人は取られたくない、一人占めしたいって思う。何でそれがダメなの?」
そりゃあ名前(男)も人間なんだから、独占欲あったりとか嫉妬したりとかするんだろう。
でも俺は名前(男)のもんじゃねーじゃん。まだ。
………まだ、って何だよ!永遠に俺は俺だけのものだよ!
「…俺は名前(男)だけのもんじゃねーし、付き合ってるわけでもねー。俺がちょっと名前(男)を意識したらよく考えて行動しろって言ったくせに、こういうときだけ独占しようとしてんじゃねーよ。それはお前のワガママじゃねーか。」
そうだ、今回に限っては俺は悪くない。悪いのはお前だ!と思って名前(男)を睨んだ。
名前(男)は少し俯いた。何かを考えているように見える。
「……ごめん、もうしないから。」
少ししてから、名前(男)が口を開いた。
ガキみたいな謝罪の言葉だと思った。
でも俺の周りには今まで怒られたときに素直に謝る奴がいなかったので、
「お、お、おう!もうすんなよ!」
めっちゃどもった。
そこで脱力した。
…まぁ、あの人達はいかにも面食いな感じだったし、いっか。
「腹減ったー。結局ほとんど食えなかったし!」
「じゃあ家来る?俺もあんま食べられなかったから何か作るよ。」
「マジ?やりぃ!」
「その代わり、ちゃんとお礼はもらうから。」
「は、はぁ?!じゃあいいよ帰る!」
「ダメ。」
……結局名前(男)のペースに巻き込まれているわけなんだけど、でもそんなに悪くねーなと思った。
END