18
基礎練習にしてはありえないほど早く終わった。
…いや、いつもと時間は一緒なんだけど感覚的に。
「名前(男)ー、」
教室に入るといつかと同じように名前(男)は本を読んでいた。
…やっぱ、こいつ絵になるんだよなー。
ちょうど教室には夕日が差している時間で、遠くからでも名前(男)の顔に影が出来ているのがわかった。
「お疲れ。」
伏せていた顔を上げて名前(男)は微笑んだ。さっきまで睫毛で影が出来ていた。睫毛まで長いんだコイツ。
「行く?」
「…ちょい休憩させて。」
名前(男)が立ち上がりかけたのを制して前の席に座る。
なんか、こっから動きたくねーかも。
「だいじょうぶなの?」
「…ちょっとくらい遅くなったって平気だろ。」
椅子ごと後ろを向いて名前(男)と向かい合う。名前(男)は俺の顔をじっと見てきたので俺は視線を窓に向けた。夕日が綺麗だ。
「夕日が綺麗な日の翌日は晴れになるってばあちゃんが言ってたんだけど何で?」
「天気って西から変化するんだけど、太陽が沈むのも西じゃん。夕日が見えるってことは西に分厚い雲が無いってことだから。」
「へー、じゃあ夏より冬のほうが星が綺麗なのは?」
「秋から冬にかけてジェット気流っていうのが吹くからそれで塵が吹き飛ばされて空気が綺麗になるっていうのが一つと、夏場のほうが湿気…水蒸気が多いから霞んで見えるっていうのと。」
「なるほど。何でお前そんなん知ってるの?」
「本で読んだ。」
「あぁ…。」
名前(男)も窓に視線を向けた。
「小さい頃は星見るの好きだったな。プラネタリウムも好きだったけどやっぱ本物の空が好きだった。」
「へー、何かそれっぽいな。」
「赤也は友達多かったでしょ?」
「まぁ多分。遊んでた記憶しかねーし。小6の時は立海に入りたくてめっちゃ勉強したけどな。」
「凄いね……。」
「名前(男)は?友達いなかっただろ?」
「もう少しソフトな言い方でお願い。傷つくから。」
「あ、悪い。」
「まぁ確かに…あんま話すの得意じゃないしね。あ、でも仲の良かった子はいたよ。」
「マジで?」
「うん、今は全然話さないけど。」
「……ふーん。」
正直意外だった。でも確かにずーっと友達がいなかった奴なんていないよな。
「……そろそろ行くか。」
「あ、うん。」
「何か行くのダルくなってきたんだけど。」
「じゃあ行かなきゃいいじゃん。」
「約束したんだからそういうわけにもいかねーだろ……。ちょっと顔出して帰ろうぜ。」
「いいの?好みの子とかいるかもよ?」
「……お前こそ、お持ち帰りされねーように気をつけろよ。」
「………………。」
名前(男)は嫌そうな顔をした。
今更だけど、名前(男)と軽口を叩きあうってのにもだいぶ慣れたよな。
「行こうぜ。」
「赤也から立って。」
「は、嫌だよ。お前が立て。」
「嫌。」
行かなきゃなのはわかってるんだけど、立ち上がりたくない。
「……じゃあいっせーのせで立てよ?!」
「いいよ。」
「いっせーの………、」
お互い動こうとしなかった。
「嘘つき。」
「お前だってそうだろ?」
「……じゃあ、夕日が沈むまでこのままで。」
「オッケー。」
あー何だろな、この痒い感じ。初めて彼女が出来た時と似てる。その時もこんな風に二人でずっとしゃべってたんだよなぁ。
「今日担任機嫌良かったよな。」
「あぁ、授業中に奥さんにお弁当作ってもらったって言ってたよ。」
「え、マジ?」
「赤也、寝てたでしょ…?」
「だーって眠いんだもん仕方ねーじゃん。」
「ハイハイ。英語の時間も毎回爆睡してるしね。」
「何で知ってんだよ、お前俺より前の方に座ってるくせに。」
「気配。」
「…すげーなお前。」
「それほどでも。」
「名前(男)ってなんだかんだで真面目だよなー、授業も寝ないし。」
「寝ないのが普通なんだけど。」
「うるせー!!」
「アハハ。」
「……名前(男)さ、」
「ん?」
「何で合コンOKしたわけ?」
「…赤也が行くって言うから。」
「………。」
「赤也に好きな子が出来ちゃったら嫌じゃん。赤也が好きだから取られたくない。」
「……そーかよ。」
夕日が沈んだようだ。急に暗くなった教室はいつもより広く感じた。
「…行くか。」
「うん。」
どちらからというわけでもなく立ち上がる。隣を歩く名前(男)の表情は暗くてよくわからなかった。
合コンの場所は俺も何回か行ったことある店だった。二次会はカラオケかなんか行くんだろうけど、適当に理由をつけて帰ればいっかと思った。…その時に、名前(男)を連れて帰ろう。
「赤也おせーよ!!…間が持たなくて死ぬかと思った…!」
「ホントだよバカ野郎!…女子からの疑いの目が怖かったんだぜ?!」
「悪い悪い、思ったより部活が長引いてさ。」
文句を言うツレ共(後半は小声)に適当に言い訳をしながら席に座る。
前を見るとパッと人目を引く女子がいた。この人がミスM女だろう。
「あーっと、どーも切原赤也ッス。んで、こっちが苗字名前(男)。」
「本物の名前(男)くんじゃん!」
「うっわ生で見てもやっぱ超イケメン!」
「はじめまして名前(男)くん!」
「ね、ね、こっち座らない?!」
女子の注意は明らかに名前(男)に向かっている。
予想はしていたけどやっぱ何となくモヤモヤする。つーかいきなり名前呼びかよ。馴れ馴れしいっつーの。
「……どうも。」
名前(男)は明らかに引き気味だ。元々女子苦手な上に女子高生特有のキャピキャピした感じが凄いからなぁ。
他の男共をちょっと見る。当たり前だけど呆然としている。多分それまでと明らかにテンションが違うんだろう。……イケメンって怖いなほんと!
「あ、自己紹介まだだったね。あたし唐橋彩って言うんだ。ねぇ、名前(男)くん何か食べたいものある?」
ミスM女こと唐橋彩サンが動いた。さりげなく名前(男)の席の近くに座って自己紹介。それに便乗しようとする女子をガードするかのようにメニューを渡す。…気の利く女アピールも欠かさないつもりか。
そんな風に穿った見方をしてしまうのは仁王先輩からミスM女には気をつけろと言われたからか。
「……ありがとうございます。」
名前(男)はいかにも興味が無さそうな顔でメニューを受け取った。
「名前(男)くん背高いねー、何cm?」
「……178?くらい…です。」
「へー!!そのくらいって理想だよね!」
「…………。」
「でも超小顔ー!モデルとかにスカウトされたことあるでしょ?!」
「あー………まぁ。」
「実はあたしもなんだよねー!でも『困ります』って言ってるのに超しつこいよね!人が嫌がってるのにしつこく話しかけてくる人ってホント迷惑!」
「………………。」
何かこの会話デジャヴ。俺の時はここまで素っ気なくは無かったけどさぁ。って言うか唐橋サンのガッツが凄い。普通あそこまで冷たい反応されたらそれ以上話しかけようとはしないだろうな。
名前(男)の顔に『しつこい、っていうか怖い』って書いてある気がした。…まぁ多分俺しかわかんないだろうけど。
他の女のコ達は気圧されたのか話しかけられないでいる。男共は会話を繋ごうと必死になってる。
………何だこの合コン。
先行きが不安過ぎるんだけど。
END