きみはうつくしい

千歳千里/女主




side girl

「なぁ、自分いつ別れるん?」
「さぁ?」

目の前にいる男子テニス部部長の白石さんはため息を吐いた。
……そんなことあたしに言われても困る。千歳先輩に聞けばいいじゃないか。

あたしは有名なワガママ女だ。
学校中で殆どの人が、あたしと千歳先輩が別れればいいと思っていると思う。
千歳先輩が可哀想だから解放しろだとか、何でお前なんかが千歳と付き合っているんだとか、ちょっと可愛いからって調子に乗るなとか、これだから東京モンはとか、色々言われた。
あたしはその言葉をそのまま千歳先輩に言えと言ってやりたい。千歳先輩があたしと別れると言えば、あたしは喜んで別れよう。
でも、あたしがどんなことをしようと千歳先輩はあたしと別れないことを知っている。―――あたしがこの顔でいる限り。

千歳先輩が好きなのはあたしの顔だけ。だからあたしがどんな最低な性格だろうとも、整形でもしない限り千歳先輩は絶対に別れようとはしない。


「お前さん、俺ん初恋の人に似てるとね。」

千歳先輩は初めて会ったときにそう言ってきた。
周りが大阪人ばかりでなじめないでいたあたしにとって、九州出身の千歳先輩の存在は心強いものであった。
正直、悪い気はしなかった。千歳先輩と仲良くなれて、色々な話を聞いて。
好きだと告白されたときはとても嬉しかった。思わず泣きながらうなずいた。

しかし、その「初恋の人」は人ではなかった。
九州に居た頃の登下校時に通る人形館にいる人形。それが千歳先輩の初恋の相手だった。
にこにこ笑いながらそう言われたとき、何の冗談かと思った。でもそれが本気だとわかって、恐ろしくなった。

千歳先輩はあたしが黒い服を着るのが好きだ。それはその人形が着ていた服だから。
あたしが大声で笑ったり泣いたりするよりも微笑んでいる表情が好きだ。その人形が浮かべている表情だから。

それが異常なことだと思ったあたしはすぐ別れを切り出した。でも先輩は全く聞き入れてくれなかった。
顔以外のところを叩かれたりもした。だからもう諦めた。

自分の欲望のままに振舞うことにした。

あたしがどんなワガママを言おうと、あたしが先輩の傍で微笑みをたたえている限り、何も文句を言わずに聞き入れてくれる。
おなか減ったから何か買って来い、喉渇いた、でもジュース太るからいらない、駅まで迎えに来い、買い物に荷物もちとしてついて来い、おもしろそうだからあの人に喧嘩売って来い、部活のミーティングとあたしとどっちが大切なんだあたしを優先しろ、そんなことを言っても千歳先輩は笑顔で従った。
もちろん周りからはあたしがただのワガママなとんでもない女で、千歳先輩が被害者ということになっている。
それが理由でいじめられたり呼び出されたりもする。教科書はしょっちゅうなくなるし、上履きなんて毎日持って帰っている。でも千歳先輩はそのことに気付いても何も言ってくれない。
ただ、呼び出されて顔を傷つけられそうになったときは信じられないほど怒る。やりすぎじゃないかというくらいに怒る。

この人の異常性は九州に居た頃からみられたのだろうか。それとも、あたしがそれを助長してしまっているのかはわからない。



テニス部内でのあたしの評判なんて最悪だ。さっきも言ったけどテニス部をわざとサボらせたりしているし。

それを見かねた部長の白石さんがあたしに直接別れてくれないかと言いにきたところだ。
睨まれるのには慣れたと思っていたが美形の人に睨まれると迫力が違う。

「なぁ、何で自分千歳と付き合うとるん?千歳を振り回してそんなに楽しいか?」
「…振り回す?」

振り回されているのはあたしの方だ。それを言ったところで信じてもらえるわけもないけれど。

「どう考えても振り回しとるやん。…えぇ加減にせぇよ?」

激情を無理やり抑えた声だ。怒鳴られてもおかしくないんだろうなと思った。

「そんなの、千歳先輩に別れるように言ったらいいじゃないですか。」
「何回も言うたわ!せやけど、千歳は『別れん』の一点張りで、」
「何ででしょうね?」
「…自分が束縛しとるからとちゃうんか?」
「してませんよそんなの。」

束縛されているのはあたしの方だ。別れたいとすら言えないなんて。

白石さんは拳をギュッと強く握り締めた。殴られるかな。いっそ顔を見る影もないくらい殴って欲しい。そしたらあたしは千歳先輩から解放されるのだから。

「自分ええ加減にせぇよ?!女やから手ェは出さんけど、男やったら殴っとるわ!」

横から忍足さんが口を挟んできた。嫌悪感丸出しの表情であたしを睨みつけている。

「じゃあ、もういいです。飽きたから別れたいって千歳先輩に伝えてくれます?」

そう言うと二人はとても驚いた表情になった。しかしやがて気分の悪そうな表情になった。

「自分、最悪の女やな。」
「みたいですね。もう帰っていいですか。」
「あ、ちょお待ち!」

これ以上ここにいる理由は無いと思って帰ろうとした。すると白石さんが慌ててあたしの腕を掴んできた。

「ッ!!」

そこは前に千歳先輩に叩かれた後が痣になっていて、触るとじんじんと痛い場所だった。反射的に振り払う。

「…悪い、」
「大丈夫です。」
「やけど、俺今そんなに強く掴んでへんで?」
「だからなんですか。」
「……なぁ、ちょお腕見せてみ。」
「え、嫌ですけど。」
「ええから見せてみろ!」

グイッと袖がまくられて、あたしの腕が露になった。
それを見て二人とも顔を顰める。

そりゃ、痣がけっこうな有様になっている腕だもんな。自分でも気分が悪くなるもん。

「…何なん、これ。」
「痣です。」
「んなの見たらわかるわ!…呼び出し受けたときにやられたんか?」
「…、そういうわけじゃ、」
「じゃあ誰が…、」

忍足さんはそこまで言いかけてハッとしたような表情になった。白石さんも同じような表情をしている。

「…千歳、か?」
「えぇまぁ。」

別に隠すことでもないと思ったので素直に認める。

「何で千歳が…?」
「さぁ?わかりません。」
「やけど、千歳が叩くって、え、どういうことやねん…。」

本気で困惑しているらしい二人をボーッと見つめた。不意に教室の後ろのドアが開いた。

「何ばしよっとね?」
「…千歳。」
「名前(女)、迎えに来たと。…で、二人はどげんしてここにおるとね?」
「いや、その…、」
「あたしがワガママ女で千歳先輩が迷惑してるから別れてくれないかって言われたとこです。ねぇ先輩、別れません?」
「ん?おもしろくない冗談を言う子やね。俺は絶対に別れんよ?」

千歳先輩はニコニコと笑ったままだ。でもオーラは冷たく、冷え冷えとする雰囲気になった。

「…冗談です。帰りましょう。」
「ん。」

どうせ中学を卒業したらあたしは東京に帰ることが決まっているんだから、あと1年と少しの辛抱だ。なのにこの人から絶対に逃げられなさそうな気がするのは何でだろうか。
それはあたしがこの人に溺れているからだ。この人を愛してしまっているからだ。
初めて会った頃のような、穏やかな空間を夢見てしまっているから。
この人にあたしだけを見て欲しくてやった全ての行動は無駄になっている。所詮あたしは顔だけの存在なのだから。

この人の愛している人形にひどく嫉妬している自分が居る。

でも、あたしがこの顔でいる限り先輩はあたしを愛してくれるのだ。こんな幸せなことは無いだろう。
そう思う気持ちがどこかに存在しているから、あたしはこの人から逃げられないで居る。
別れたい気持ちがが大きくなるにつれて、逃げたくない気持ちも大きくなっているのだ。

矛盾した気持ちを抱えたまま、嫌われ者として生きる。それがあたしのこれからの運命なのだろう。
いっそ千歳先輩が愛している人形になってしまいたい。全ての感情を消し去ってしまいたかった。

隣を歩く千歳先輩はあたしの顔をとてもきらきらした目で見つめてきていたが、それを無視して歩き続けた。


NEXT?







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