my sweet honey


 ゆっくり、目を開ける。何回か瞬きをした後、となりのぬくもりに目を遣った。東雲のいまは、きちんと顔などは見えないが、良く寝ているのがわかる。
 東雲や暁にふっと目覚めてしまうことのある俺の、以前は大嫌いな癖だったのが、今では多々あっても悪くないと思っている。隣で眠る夕陽の顔を、何せまじまじ眺められるから。
 薄暗い中で、夕陽の薄い唇に指を這わす。ふれて、身じろぎしないほど、夕陽は熟睡中だ。

「……」

 しずかに、夕陽の頤をとる。少しだけ上向かせて、俺の腕を枕に眠る夕陽の唇に、ほんの一瞬、そうと触れるだけのキスをした。長く長く触れていたいが、それじゃあ起こしてしまうから。
 夕陽と思いを重ねてから、三ヶ月が過ぎた。数日後には夏休みに入るので、帰省中は会えなくなってしまう。如何せん、実家が離れ過ぎている。飛行機が必要な距離なんて、気軽に会いにいけないだろう。
 夕陽は休みに入ってすぐ帰省するらしい。暫しの別れまで片手で指折り足りる残り時間。そのうちに、
(セックスしてぇ……)
 のだ。
 思春期真っ盛り、性欲旺盛な年頃にも関わらず、俺は夕陽に手を出していない。何と軽いキス止まり。
 奥手純情と笑うなかれ。がっついて嫌われでもしたら……と思うと恐ろしくてたまらないのだ。何度むらむらして襲いそうになったことか。その度堪えた俺の理性に喝采を送ってやりたい。
 けど、よしんば抱けたとして、俺は夕陽を壊しはしないだろうか。滅茶苦茶にしてしまいたいと思う非道な、獣じみた俺がいることは確かだから。
 夏休みいっぱい会えないだろう夕陽に、俺の熱を刻み込んでしまいたい。誰にも奪われないように、深く、印を付けてしまいたい。
 これはきっと、狂気に近い。

「――っ、」

 夕陽の身じろぎに、はっと正気を取り戻す。顎をとっていた手を咄嗟に離して数秒、なにごともなく、夕陽は眠ったままだ。ほうと安堵する。
 多分いまは、とても見せられた顔じゃあない。起き抜けにこんな酷い顔を見せたのじゃあ、要らない心配をかけるだけだろう。
 そっと起こさないように夕陽から腕をはなして、俺は音をたてないように部屋を出る。薄暗いなかを忍び足で、洗面所に入った。
 鏡に映る俺の顔は、やっぱり何とも言い難く。何て言うか、暗さも相まってどっか重たい病気してそうだ。
 思い切り頭を振って、それから服を脱いでシャワーを浴びる。冷水を頭から思い切り浴びると、ぐだぐだと考えていたのが取り払われたような心地になった――ところで、いい加減冷たいので、ぬるま湯に温度を調節した。

「彩人?」
「――――っっ?!」
「何してんの、こんな早くに」

 ぼんやりシャンプー流してたところに、寝てるはずの夕陽の聲がかけられて、そりゃあもう、飛び上がる勢いで驚いた。ちょっと大袈裟すぎるかもしれなかったから、ドア越しにいてくれて助かった。見られてたら情けなくてしぬ!

「な、あ、え、夕陽っ」
「また早くに目覚めたの?」
「う、ん」

 眠た気な夕陽の聲が風呂にひびく。うっかり起こしてしまったんだろうか。
 謝ろうとすると、あのね、とやけにはっきりと、どこか呆れた風に夕陽は言った。

「おれはべつに、彩人を嫌ったりしないんだけど」
「――え」
「態度に出過ぎだよ彩人」
「……えっ」
「手を出したいなら出せば良いよ。その果てがどうであれ、おれは彩人を嫌わないから」

 夕陽はすぐに踵を返してしまったので、聞き返そうにも聞き返せない。
 態度に出過ぎだ、ということはつまり、俺のよこしまさが全部夕陽にばれていたということで――。

「っうあー! って痛っ!」

 思わず頭を抱えてしゃがみ込んだら、水道の蛇口に額をぶつけた。
 痛みやら恥ずかしさやら後ろめたさやらでぐちゃぐちゃになった俺は、シャワーにまぎれてこっそり涙したのだった、まる。

title:Swimmy
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