霧雨の恋人


 遠くの樹々が煙る。窓の外、霧雨から目を離して、ソファに寝そべる彩人に苦笑した。
 お互い片恋は終えたけれど、特に変わりはない。部屋の中で構い構われ、休みになれば彩人の作るお菓子を食べる。この一週間は、そんな感じ。
 昨日、せっかくの連休だから街におりよう、と彩人と話していたのだけれど……生憎と五月まで天気は下り坂という予報が出ていた。
 外出を予定していた今日だって、天気予報は大当たり。今朝方(犬の耳と尻尾がついていると錯覚しそうな)彩人がカーテンを開けると、空からは滔々と雫が零れてきていた。
 ……それで、楽しみにしていた彩人は不貞寝しているのだ。クッションに顔を埋めているけど、あれは苦しくないんだろうか。
 さほど激しい雨でなかったので、二時間ほどした今は、霧雨に変わってきている。これくらいなら出かけられるかと思うのだけれど、彩人は晴れでないと嫌なようで、声をかけてみたものの力なく首を振った。

「そんなに出かけたかった?」

 ソファの足下に膝をついて、彩人のきしきしする髪を弄りながら声をかける。少し悩んだ後、意外にも彼は否定した。

「じゃあ何でそんな、落ち込んでんの」
「夕陽と……デートしたかったから……」
「……ああ。ああ、なるほど」

 結局は出かけたかったってことに変わりないんじゃなかろーか。
 ……と思ったけど突っ込むのは止しておく。"おれと"行きたかったなんて、嬉しいことじゃあないか。

「夕陽、なんか冷めてねえ? ……そんな、楽しみじゃ、なかった?」
「それは心外」

 おれだって楽しみだった。彩人と"部屋の外で"恋人らしいことを出来るのだから、ほんとうに楽しみだったんだ。
 おれたちは、学校では相変わらず互いの存在を知らぬ存ぜぬで通している。恋が実ったからと浮かれて接触しちゃあ、密偵としての働きに支障が出てしまうかもしれない。それでは、先輩達に迷惑がかかる。
 彩人も、現状について不満を漏らせど、憧れてやまない遊馬先輩を煩わせるのは嫌なようだから、よく我慢している。でもあんまり恋人らしいことをしないのも寂しいから、ってことでの今回の提案だった。

「忍ぶれど……なんて事になっても、嫌だし」
「しの……ぶ……?」
「……小倉百人一首」
「あ、平兼盛」
「なんだ。知ってるんじゃん」
「言われないと思い出せねえ」

 クッションから顔を上げて、彩人はぽんやりしたもんだから、まったく知らないのかと思った。
 というおれも、この歌が好きだから覚えていただけなのだけど。さすがに百人一首をそらんじることなんて出来っこない。……東条あたりの頭なら可能だろうが。

「それはさておき、出かけるのは楽しみだったけどね。でも、じつはこうして部屋でのんびりするのが、一等好きだよ、おれは」
「何で?」
「彩人をひとりじめできるから」
「……!」

 さらっと言ってしまった台詞に、彩人は真っ赤になって、それから勢い良くクッションに顔を隠した。
 彩人と同室になってから気付いたのだけれど、彩人は結構、感情が顔に出る。遠くから眺めているだけでは、絶対に気付けなかったことだと思うと、とても愛おしい。はは、彩人耳まで真っ赤。(言った方も結構恥ずかしいんだけどな)

「……寝る? お昼になったら、起こしたげるけど」

 早起きしたから眠いだろうなあと思って、恥ずかしさを紛らわすついで聞いてみれば、ちょっと眠た気な聲が返ってきた。

「じゃあ、おやすみ」
「ん」

 ぽんぽん、と彩人の頭を撫でる。部屋からシーツを持ってきて彩人にかけてあげる頃には、彼はもう穏やかな寝息を立てていた。

title:Swimmy
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