ロイヤルミルクティー2


 ……え、な、どゆこと? え? なんで新治がここにいるの。

「あとは、自分でどうにかしろよ、新治」
「……」

 司先輩が新治の肩を叩いて、おれの隣を通り過ぎる。

「先輩っ」

 咄嗟に司先輩の腕を掴んで引き止めた。
 なにそれ、なにこれ、どういうこと! 後はって何!
 混乱のあまり聲が出てこない俺の言いたいことが分かったのか、先輩は悪びれなく

「一つ仕組んだ」
「は?!」
「焦れったかったんでな」
「な、なんてこと……!」
「余計か?」
「余計ですよ! おれは」
「発案は巽と柏木なんだ。俺には止められない」
「だからって! ……っ先輩のお節介ー!」
「ははは」

 なにがはははだ!
 先輩は引き止めるおれの手をいとも容易く剥がして会議室へ行ってしまった。廊下にはおれと新治が気まずい感じで取り残される。
 ……どうしよう。知られてしまった。あああどうしよう!

「……ゆ、夕陽……」

 新治が、震える声でおれを呼んだ。――振り返れない。返事も出来ない。ただ俯いて、拳を握るしか。
 もう、構ってもらえないかもしれない。気にかけてもらえないかもしれない。
 接点のなかった頃に戻るだけなのに、おれは、新治に構ってもらうのを嬉しいと思ってしまったおれには、たえられない。じわり、と視界が滲んでゆがむ。

「ゆうひ」

 震えているが、とびきりやさしいこえで、新治が俺の名前を呼ぶ。どうしてそんな声を出すんだろう。おれがいやじゃないのだろうか。
 俯いたままできつく握ったおれの拳を、新治はほどく。それから手を握って、おれをエレベーターの前まで連れて行った。

「……その、夕陽は、……違うな、こうじゃなくて……」
「……にいはり?」

 手を放さないまま、新治は唸りだす。どうしたのかと顔を上げると、新治の顔はやっぱり真っ赤だった。

「だめ、名前で呼べ」
「え、あ、ええ?」

 拗ねたみたいに口を尖らせる新治に、ちょっと面食らう。
 こんな顔もしたんだなあと、どこか場違いなことを思っていたらくいと手を引かれ催促された。

「はやく」

 いま、ぜったいひらがなだった。
 かっこいいくせに、新治、なんかかわいい。

「あ、あやと」
「うん」

 ぱあぁととびきりの笑顔を、新治はした。……ま、まぶしい!
 なんでそんなに嬉しそうなんだろうか新治は。
 ……ちょっと、落ち着いてきたかもしれない。ここで、出来事を整理してみよう。
 おれと新治が部屋でのんびりしていたら、ふたり同時に携帯が鳴った。俺のは司先輩からの呼び出しのメールだった。
 七階の会議室前にやってきたおれは東条と遭遇し、東条の元カレの話をしていたら、東条におれが新治をすきなんだろうと言い当てられた。
 それにあわてていると、いつのまにか背後には真っ赤な顔の新治を伴った司先輩がいた。話を新治に聞かれていたんだ。しにたい!
 先輩はおれが焦れったかったといって、巽や柏木先輩と共謀しておれをここに呼び出した。司先輩は新治に「後は自分でどうにかしろ」と告げていた。
 ……よし、どういうことだ!

「夕陽、なんで七階にいるんだ? しかも東条と親し気だし」
「いや、それおれの台詞なんだけど……。どうしてFの新……彩人が司先輩と一緒にいたのさ」
「それは、遊馬センパイから会議室に行けってメールが……」
「遊馬先輩から? なんで?」
「そ、それは……や、だから何で夕陽はここに」「おれは司先輩にここに来いって」
「何で水野センパイと知り合いなんだ?」
「え、あの……」

 ちょっと待てよ。だからどう言う事なんだ。
 いやそもそも、どうして一般生徒であるはずの彩人が、七階に来れてるんだ? エレベーターを使った気配はなかったし、隠し階段(のようなもの)を使うにしろ、権限がなければ階段へのドアを開けられない。
 開けておいてもらったとか。誰に。遊馬先輩に? なんで遊馬先輩は天吏嫌いのFにいる彩人のためにそんなことをする? メールだってそうだ、どうして彩人のアドレスをあの人が知ってるんだ。
 ぽっとひとつの可能性が灯る。

「……まさか、」
「ん?」
「まさかとは思うけど、彩人、まさか、天吏の、密偵……?」
「……え。密偵のこと知ってるって、もしかして夕陽、夕陽も……」

 赤みの引いた顔で、お互い呆然とする。
 彩人が密偵だったなんて……それで司先輩は彩人をよく知っている風だったのか。彩人がへいきで特別棟に近寄っていたのも頷ける。別段彩人は天吏嫌いではなかったんだ。
 なるほど、と納得したところで、手を握られたままなのを思い出した。

「――っ!」
「夕陽?」
「あの、手、はなし」
「やだ」

 やだってあんた。

「やだじゃなくて、彩――っ!?」
「すきだ、夕陽」
「……?!」

 少し乱暴に腕を引かれて、気付はすっぽりと彩人の腕の中に、おれはおさまっていた。抱きしめられたのだと気付く前に、彩人から核弾頭が落とされた。
 ――なに。なにが、すきって、彩人。

「な、なに……」
「俺は、夕陽がすきだ」
「う、……うそだ……」
「嘘じゃない!」

 耳元で囁かれた告白を否定する。
 ――冗談じゃないって、嘘じゃないって、なによりも彩人の鼓動が言っていたけれど。
 彩人の鼓動はすごくはやくて、そして俺のも早鐘みたいで、ああ一体どっちがおれの鼓動だろう。

「本当は、こんなこと言うつもりなかった。伝えちゃ迷惑になるし……。けど東条との話聞いてたら、」
「あ、あれは、東条が、かってに」
「勝手に言った? ならあれは東条の思い込みで、ほんとうは夕陽は俺なんてどうでもいい? きらい?」
「……っ……ずるいききかた、すんな」

 今にも泣き出しそうなかおで、ずるいこと聞かれちゃ、なにも言えなくなる。彩人のことはどうでもよくないし、きらいなんてもってのほかだけども。

「きらいじゃ、ない……」

 黙りそうになる自分を叱咤する。
 こんな、遠回しじゃだめなのに、はっきりとした言葉が出てきてくれない。

「どういうふうに、夕陽は俺がきらいじゃない?」

 彩人も濁すような答えでは嫌なようで、俺から明瞭なこたえを導こうとしている。

「お、れは……彩人が、すき、です」

 もっと言葉を交わしたい、触れあいたい、近づきたい。
 遠目に姿を見るだけでよかったはずなのに、おれはいつの間にか欲深くなっていた。彩人と同じ部屋になってからは、いくら構ってもらっても足りないくらいに。
 彩人の目をまっすぐ見て、心のうちを言葉にする。

「同室者とか、友達なんかじゃ、ぜんぜん足りない。おれはずっと、ずっと彩人がすきだったから。……もっと、近くにいきたい。おれと、付き合ってくれますか」
「夕、陽……」

 思えばおれは、このように本音を包み隠さず吐露するといことを、あまりしたことがなかった。いつも周りにあわせて、目立たないように過ごしてきた。
 けれどこれだけは、彩人がすきだと言う本音だけは今、言わなくちゃならない。――言いたいんだ。
 眼を逸らさずにいると、みるみるうちに彩人の眸に涙がたまっていった。ぎょっとする間もなく彩人は俺の肩に顔を埋める。

「うれしくても、人って泣くのな……」
「彩人、」
「つうか、付き合ってって、お願いするの俺のほうだし。俺だってずっと夕陽がすきだったんだ」
「ずっと……」
「ずっと。もう、何年も」
 
肩に額を押し付けてくる彩人は、必死に嗚咽を堪えているようで、言葉が少し聞き取りにくかった。けれども、彩人の聲は、しっかりとおれの耳に、からだのもっと奥に響く。
 しがみついて来るような彩人とは逆に、おれは静かにその背中に腕を回す。
 ――このやわらかな陽気の日、おれたちの長い片思いに終止符が打たれた。願わくはいつまでも、春陽のような穏やかな恋をしていられますよう。

title:Swimmy
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