ロイヤルミルクティー


 四月になって、おれは二年に上がった。寮の部屋替えも行われて、今年もまた存在感薄く過ごすはず、だったのに。

「ん」
「あ、あ……ありがとう、新治」
「……」

 何ということだろう。おれはあの新治彩人と同室になってしまったのだ。
 部屋替え当日、同室者の名前を見て愕然とした。部屋割りにクラスは関係無いから、Fの新治とDのおれが同室になっても何ら不思議はない。ないけど、人気者と同じ部屋になるのは初めてだ。今までは天官府が裏から手を回して、おれのような影の薄い密偵に注目が集まるような部屋割りにはならなかったから。

(なんで、今年は……)

 暖かな昼下がり。新治のいれてくれたミルクティーを受け取って、悶々としながらのどを潤す。
 向かいに座ってじっとこちらを見ている新治に、美味しいと告げると、

「……よかった」
(っ……!)

 とびきり嬉しそうに笑うものだから、そのきれいでかっこいい笑貌に、見惚れてしまう。
 新治が首を傾け我に返った俺は、視線を甘い色のミルクティーに落とした。……うう、緊張する。
 近づくことなんてないまま終わると思っていた。俺を知られないまま卒業するのだと思っていた。
 それがどうだ、突然接点を持ってしまった。一年間同じ部屋で過ごすことになってしまった。
 部屋替えから一週間、私室にいる時以外は心休まる時がなかった。共同スペースにいようものなら、これから一年、新治といっしょにこの部屋で生活するのだと意識してしまう。
 新治はおれになんて興味を示さないだろうと、そのほうが気が楽だと思っていたのに、どうしてか新治はよくおれを構う。きのうなんてケーキ焼いてくれた。新治はいがいと家庭的だ。
 あんまり構わないで欲しいと言いたくても、やっぱり新治におれの存在を見てもらえるのがうれしくて言い出せない。ミルクティーの最後の一口を飲干した。

「あの、ゆ……夕陽」
「え、……!?」

 名前でよばれた。
 それに気付いた途端顔が一気に赤くなって、思わず顔を伏せる。ちらりと視線だけ新治に向けると、なんと新治も顔が赤い。

「名前で、いいから」
「え……」
「俺、お前のこと名前で呼びたいから、夕陽も俺のこと」
「あ」
「チッ……」

 新治の台詞の途中で、俺と新治の携帯が同時に鳴る。おれは意識がそっちにいってしまって、新治は話すのを邪魔されたからか、忌々し気に携帯を掴んだ。
 開いたディスプレイには新着メールが一件とある。メールを立ち上げて差出人を確認した。
 ――ワダツミ。
 件名のないメール本分には、
『寮会議室』
 とだけ書かれてあった。
 了解、とだけ返信して、受信メールと返信を削除する。そういう、決まりなのだ。

「新治、ちょっと、用事があるから、」
「俺も」

 立ち上がって外出することを告げると、新治は携帯を弄りながら立った。そのまま振り返らず部屋を出て行く。
 新治と間を置いて、おれも部屋を出る。向かう先は七階の会議室だ。七階は本来なら天吏と理事長以外入れないことになっている。天吏の部屋があるから。
 けれどこうしてたびたび呼び出される密偵達は、一般生徒の白いカードキーに七階と特別棟へ入る権利が付加されている。
 あのメールを寄越したのは、司先輩だ。本名で登録するわけにはいかないから、それぞれが考えた偽名でアドレスを登録している。おれは、ワダツミにしている。先輩はおれのアドレスを「斜陽」で登録しているようだ。
 上司から送られてきたメールと、返信したメールは必ず破棄することになっている。大抵は「来い」とかいう内容ばかりだが、万一のためである。
 だれも乗っていないのを確認してエレベーターに乗り込む。操作パネルの下部にある差し込み口にカードを入れてから、七階のボタンを押した。こうしないと、七階にはいけない。
 妙な浮遊感のあと、到着音がしてドアが開く。ホールからまっすぐ会議室に向かうと、ちょうど会議室に入ろうとしていた東条と出くわした。なんだかやけに疲れた顔をしている。

「よう」
「なんで東条? ……てか、どうしたの」

 東条とは司先輩に拾われたあとに知り合った。東条はもともと秋官で司先輩に仕事を教わってたから、一緒になることが多かった。

「……あいつが……来やがった……」
「あいつ?」
「…………鷹臣」

 すっごい渋い顔で東条は言った。たかおみ。たしか、東条が周に転入してくるまえに付き合ってたという男のことだ。東条が転入してきたのは、中二の冬だ。おれが拾われた少し後。
 鷹臣という男はそりゃあひどい浮気魔で、東条はそいつに呆れて(一方的に)別れてきたと本人に聞いた。そう言う過去を聞かせてくれるほどには、おれ達は親しい。
 そういえば、外部生が来るとか、生徒が騒いでるのを聞いた覚えがある。……ほんとどこから情報手に入れてんだろ。

「会いたくないの?」
「ねーよ、あんなやつ! 俺はあんな馬鹿っ……もう、」

 東条は鷹臣とかいうのを、赦せないでいるようだ。あんな奴、と言いつつすごく複雑そうに顔を歪めている。

「なんだ。好きなんじゃん」
「あァ?!」
「赦せないんなら、好きなんだろ。嫌いになってたら、忌々しいだけなんじゃないの」
「……俺は……、ってか、辻本こそどうなんだよ!」
「なにが?!」

 どうなんだよって何がどうなんだよ!

「新治だよ、新治! 同室ンなったろ、進展とかねーの」
「っ、べ、べ、べつに、進展も何も、おれはべつに、新治が好きとかそんな、」
「……誰もソッチの進展とは言ってねーだろ」
「!!!」

 東条はにやりと、悪い顔をした。
 ……は、はめられた!

「俺の観察眼舐めてんじゃねーよ、辻本。え? 好きなんだろ、新治が」
「な、な、な、なんで知ってんの?!」
「ふふん。ま、がんばれよ」
「と、東条ッ!」

 ひらひらと手を振って、東条は会議室へ入っていく。直前、

「呼び出しは嘘だぜ」

 と残していった。
 ……嘘? 呼び出すようなことはなかったってこと?
 じゃあなんで呼び出したりしたんだ。

「夕陽」
「え、司先輩……と――な、え、に、にい、はり……?」

 背後からかけられた聲に振り向くと、そこには澄まし顔の先輩と、真っ赤になった新治が立っていた。
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