悔悛の鷹


 ――あの人を見たかもしれない。
 二階堂鷹臣は、半信半疑といった様子で告げた藤沢の胸倉を掴み、《Arcadia.》が溜まり場にしているバーの壁に叩き付けた。

「……どういうことだ」
「鷹臣ッ……苦し、」
「言え! どこでアイツを――曄士(ようし)を見た!」
「落ち着けよッ、そんな絞めてたら、藤沢も喋れねえだろ!」

 ぎりりと藤沢を、それこそ鬼の形相で締め上げる鷹臣をとどめたのは、藤沢と同じく幹部である国府田(こうだ)だった。国府田は鷹臣から藤沢を救いだし、また鷹臣が暴走しないよう二人の間に入る。最も鷹臣は他の仲間に二人がかりではがいじめにされているから、藤沢を締め上げようにもままならないが。

「……どういうことだ、藤沢」

 取り押さえられているというのに、鷹臣は場を支配する。そう言った天性の才が、鷹臣にはある。だからこそ《Arcadia.》初代リーダーは、二代目を鷹臣に任せたのだ。

「っはァ……。八木さんとこの、文化祭行ったんだ、国府田と一緒に。その帰りにさ、曄士さんっぽい人、見掛けたってだけなんだ」
「他には」
「……あ、」
「言うなよ藤沢」

 言いにくそうに、しかし口を開こうとした藤沢を、国府田が硬質な声音で制した。
 ――東条曄士。鷹臣らよりひとつ年上の、《Arcadia.》が誇るブレーン"だった"男だ。と同時に、鷹臣の恋人でもあった。鷹臣は、過去形などにするつもりは毛頭ないが。その曄士は一年前の冬、忽然と姿を消した。
 チームの副長だった相葉海渡に尋ねても、誰に尋ねてもその消息を知る者はいなかった。と言うより意図的に隠されている。それは二階堂家の情報収集力を持ってしても暴けなかったことと、何より曄士の行方を知らない筈のない彼の兄、東条昂一(こういち)が口を割らないことからも明らかだった。

「――国府田、テメエどういう心算(つもり)だ!」

 漸く手に入れた曄士の手掛かりに待ったをかけられ、鷹臣は藤沢を制止した国府田をきつくきつくねめつける。取り押さえる二人と藤沢が鷹臣の形相に小さく悲鳴をあげたが、国府田は微塵も怯む様子を見せなかった。三代目副長を任された身は、伊達ではない。

「曄士さんが姿を消したのは、鷹臣――お前の所為だ。曄士さんを何度も何度も傷付けて傷付けて傷付けて、そのせいで曄士さんは遠くへ行ったのだろうに、なのにお前に彼を追う権利があると、思ってるのか」
「――ッ」

 本気で怨嗟(うらみ)の滲む声で静かに言われ、鷹臣は国府田から目を逸らした。
 曄士が行方を眩ました訳は、殆ど鷹臣にある。鷹臣は自分から曄士に思いを告げておきながら、堂々と浮気を繰り返していたのだ。相手は男女問わずで、浮気について曄士から何か言われれば、もうしないと言って詫びる。その舌の根の乾かぬうちにまた浮気する。
 無限ループの如く続く行為に、とうとう曄士のほうが鷹臣の前から立ち去った。
 曄士が消えた――と海渡から告げられたのは恋人になった記念日で、鷹臣は珍しく誰の誘いも断って、一日中曄士と過ごそうと一人予定していた日だった。
 何故、と疑問ばかりが脳裏を支配して、しかし自問するまでもなく鷹臣は、曄士が去った理由を理解していた。――自業自得だ。

「確かに、お前は変わった。曄士さんがいなくなってから遊ばなくなったし、それは鷹臣なりの悔悛なんだろう。でも――それで曄士さんを傷付けたって咎が消えるわけじゃない。少なくとも俺は許さない」
「……それでも、俺は」

 国府田から顔を背け、鷹臣は俯いた。
 ――曄士が好きだ。誰に恨まれようとも、謗られようとも。
 曄士をなくしてから、その思いがどれだけ自分を占めていたのか、鷹臣は改めて思い知った。だから鷹臣は、誰と体を重ねることもなく、曄士の消息を追っている。
 ただ今は謝りたい。好きだと言いながら心の内を話さず、自分勝手な振る舞いで傷付けたことを。
 そして伝えたい。どうして浮気を重ねたか、その心の内を。今でも――今までもずっと、最初から曄士以外を思うことなどなかったのだと。ひどく今更のことで、曄士は聞きたくないかもしれないが、これだけは何としても。

「――周学園」
「……?」
「藤沢ッ……」

 国府田の後ろにいた藤沢は、意を決したように頷いたあと、鷹臣に向けてそう言った。国府田は良い顔をしなかったが、結局は溜め息ひとつこぼしただけで、鷹臣を拘束する二人を下がらせた。

「曄士さん、周学園の制服着てた」
「周に、曄士がいる――?」
「たぶん、きっと」

 良家の子息が集まるそこは、東条家の経営だったはずだ。鷹臣も周への進学を打診されていたが、気安く街へ出られないあたりで難色を示していた――が。

「曄士……ッ」

 ようやく掴んだ最愛の影を手放すほど、鷹臣は腑抜けではない。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -