副会長様の事情


 寒空のもと、空きビルの屋上から地上を見下ろし、策の成就に口端を吊り上げる。
 今回は敵の思惑を逆手にとったが、それにしてもこうも読み通りの手に出てくれるとは。
 数で劣るが各々の力量で明らかに勝るこの戦、各個撃破を狙われるのは予測済みだった。
 ならまずはその策に乗ってやり、分散させられていると見せかけ心に余裕を持たせてやる。散り散りになったメンバーがそれとなく敵を合流予定地に釣り出して、配置しておいた奴らと囮の奴らで一網打尽にすればいい。奴らは数だけのチームなのだし、最初から躍らされていたと分かれば動揺も激しいだろう。
 俺達には――《Arcadia.》には、それを実行できる力がある。
 メンバーは誰もそこらの不良より腕っ節が強いし、なかでも副長の海渡(カイト)と、リーダーの鷹臣(タカオミ)。二人は《Arcadia.》前リーダー以外には負け知らずの奴等だから。
 俺もそこそこ強いと自負してはいるが、殴り合いに直接参加することは少ない。
 俺の役割は策を弄しチームを勝利へ導くこと。軍師、ってやつだ。
 戦略を練るまでもないチンケな相手ばかりだった最近だが、今日はここらのNo.2との戦争だったから、久々に軍師様ッてわけだ。
 鷹臣がそいつらのリーダーを蹴り飛ばし決着がついたのを見届けて、俺はビルを出て皆と合流する。

「お疲れ、カイト」
「ああ、曄士(ヨウシ)。疲れてねえけどな。数だけ多いッつう感じだった。これがNo.2とは、恐れ入る」

 思い切り呆れたように、カイトは肩を竦めた。
 ま、見ててもそんな感じだったな。まわりを見回しても、誰もが消化不良って顔してやがる。
 別の仲間と拳合わせて笑ってる鷹臣も、暴れたりないって身体全体で言っている。
 それでそのまま、俺がいたのとは別のビルにいたらしい、現われた豊満な胸の女の腰を抱き寄せた。

「これで名実ともに、俺らがこの辺の頭だな」
「……そうだな」
「曄士? ……ああ、あの馬鹿」

 抱き寄せた瞬間、俺のまわりから勝利の余韻が消え失せた。誰もが鷹臣を殺せそうな勢いで睨み付けるか、顔を引きつらせて俺の様子をうかがっている。

「……今更だ」
「でも、鷹臣の野郎、自分から曄士に告っといて」

 ――何故、まわりがそのようにしたか。
 それは俺と鷹臣が、《恋人》という関係にあるからだ。去年、まだ小六だったアイツに告られて、そう言う関係になった。ずいぶん早熟なガキだな。俺も人のことは言えねえが。
 もちろん最初は断った。男同士だし、からかってんだろうと。でも引き下がらなかった鷹臣に根負けして頷いたのが、一年前の明日のこと。
 暫くすれば目も覚めるだろ……と付き合っていたが、そのうちにこっちが惚れてんだから始末におえない。
 半年もすると、やはり醒めたのか、女をとっかえひっかえするようになっていた。……っておい待て小六、いや当時はもう中一か。なんて乱れたガキなんだ。嫌すぎる。

「鷹臣!!!」

 ずれた思考を引き戻したのは、変声期を迎えたばかりの怒鳴り声だった。
 そちらを見れば、鷹臣がよくつるんでるクラスメートだというメグミが、鷹臣に怒り心頭といった様子で向かって行くところだった。……やれやれ。

「てめえッ、いい加減に――」
「メグミ」
「っ、」

 呼び掛けに撥ねるように振り向いたメグミは、なんだか泣きそうな顔をしていた。何でお前が、そんな顔するかね。
 メグミと同時にこちらを見た鷹臣は、敢えて見ない。――見たくもない。
 浮気をするなと言っても、三日後には女のにおいを纏うような馬鹿。しかもちかごろは、俺の目の前で堂々と。
 あァクソ、苛々する。

「来い」
「ッ曄士さん……」
「早く」
「……はい」

 俺を見ているふうの鷹臣を視界と思考から追いやって、メグミを呼ぶ。
 呼ばれたメグミは鷹臣をきつく睨み上げてから、俺とカイトのとこに駆けて来た。なんか叱られた犬を彷彿とさせる体(てい)で。
 鷹臣は、化粧の濃い女に急かされるようにして、夜の街に消えてった。あれはラブホ直行だな……。が、まあいい。ちょうどいい。

「カイト、メグミ」

 いやに重くシリアスな声を出す俺に、カイトは訝しげに眉を顰め、メグミは罪悪感があるような顔をした。いやメグミ、いくらダチでもあいつの行動に罪悪感持つ必要ないだろ。

「俺は消える」
「……は?」
「えっ?」

 二人と、話を聞いていたほかの連中もぽかんと阿呆面をさらした。

「消えるって、どういうことだ?」
「転校して蒸発する」
「宣言したら蒸発じゃないんじゃあ……ッて、転校?!」
「また急な……鷹臣か?」

 まあ、大部分は。
 あと、高校からはどちらにせよ《あそこ》に行くようになってたし。

「いちいちあいつの浮気に傷ついてたんじゃ、腹が立つ。何で俺が鷹臣ごときの行動で傷つかにゃならんのだ」
「曄士……」
「……何であんな奴好きなんだろうなあ……」

 何で俺はあんな馬鹿に惚れているのだろうか、現在進行形で。
 軽くでも触れられるたび、キスされるたび、俺もまだ好いてもらえているのだろうかと舞い上がり、そしてすぐに突き落とされる。

「……キツすぎる、から、俺はもうあいつの見えるところにいたくない」
「なら、鷹臣なんかとは別れちまえば……」
「それを面と向かって口に出来りゃ苦労しねえよ。……つーわけで俺は全寮制の私立行くから。携帯は番号もメアドもキャリアも変えるから。カイトには教えとくけど、誰にも漏らすなよ」

 上着から昼間買ったばかりの真新しい携帯(昨日発売した最新の冬モデル)を取り出して、カイトと赤外線した。

「俺にはっ?!」
「メグミは鷹臣に近すぎるから駄目」
「そんな……! 鷹臣殴る、絶対泣くまで殴るっっっ」

 さめざめ物騒なこと言ってるメグミはほっといて。……あ、俺も一発くらい殴っておきゃ良かった。

「……チームも抜けるよな」
「ったりめーだろ。俺がいないでもお前ら強いし平気だろうし」
「でも怪我は増える。曄士はいつも、俺達が無駄に傷を作らないように作戦を考えてくれていたから」
「被害を最小限に抑えるのも、有能な軍師のつとめだからな」
「これからはその曄士が、いなくなる……か」
「……気をつけろよ」
「わかってる。……いつ行くんだ?」
「明日」

 なるべく明るく言うカイトに、サラッと返す。

「……明日ァ?!」

 おお……話を聞いてた全員がハモるとはなんという奇跡だ。なんだか幸先良い気がして来た。




「……」

 急にもほどがあるだなんだと喚く仲間に手を振ったところで、目が覚めた。
 あたりを見回すと、どうやらここは天官府――周高等部生徒会室だ。
 外部からの新入生として入って来た鷹臣から逃げてる最中、あいつが特別棟に入れないのを良いことに生徒会室に逃げ込んで、そのまま昼寝してたんだった。

「やな夢見たな……メグミでも呼び出してパシるか……」

 と、ひとつあくびをしてから放送機器のスイッチを入れたのだった。
 余談だがメグミはパシりを終えたあと、鷹臣に八つ当たりされたらしい。……うん、悪かった。
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