副会長様と理事長様
周学園高等部副会長の東条曄士が、それを知って最初にしたことと言えば、
「この、クソ兄貴!」
――忿激のままに、理事長室の扉を蹴り開けて、室内のデスクで悠然と紅茶を楽しむ実兄を怒罵することだった。
荒い登場と突然の罵倒に、しかし周学園理事長の東条昂一は、気にすることなく矢張り優雅にティーカップを置いた。
曄士は、兄の動作にさえ腹を立てて、アンティークのデスクに両の掌を叩き付ける。
「てめえ、一体何考えてやがる!」
「やかましい。何のことだ」
「とぼけるな!」
牙を剥き出しに唸る獣の如く、曄士は兄を厳しく睨みつけた。
可愛い弟に睨まれた昂一は、しかしそれを、俄雨か女の腕捲り程度に受け止めている。ために余計、曄士の気に障った。
「なんで、外部生のリストに、あいつの名前があるんだよ!」
「さて、誰のことだか」
「ッうぜえ! 鷹臣に決まってんだろうが! どうして――」
「二階堂鷹臣は、きちんと正規の手続きで、高等部への入学を果たすんだが。何か問題でもあるか?」
しれっと答えられて、一瞬言葉に詰まる。
――問題は、ない。試験と面接を受けて、それらに不正なく合格したというのなら、何の問題もないのだ。それが、あの男でなければ。
「……なんで合格にしたんだよ」
「入試は充分に、合格点を満たしていた。不合格にゃあできねえだろ」
「面接で人格に問題ありとか、しちまえば良かったろ。実際野郎は難ありの人間なんだから」
「……あのなァ、曄士。ワガママ言うな。お前が、鷹臣と会うのが嫌だからって不合格にしたら、公私混同の職権乱用だろが」
「……う……」
「確かに、鷹臣はバカな野郎だよ。バカすぎて、お前を重ねて傷付けた。俺はまだ、あいつを許しきっちゃいねえが、チャンスくらいは、くれてやっても良いようになった。その程度の歩みは、俺に見せたからな」
「……チャンス?」
外部からの志望者に対しての面接は必ず行われるが、これらには通常、当該部で各個に選出された教員が担当する。
しかし、鷹臣に対してだけは、例外的に昂一が面接を執り行った。その時点で公私混同をしていて、しかも教員の役柄に割り込んでいるのだから、猶のことは致しかねた。
昂一はティーカップを机の端によけて、眉間に幽谷を作っている曄士を視線だけで見上げた。
想起されるのは、深く傷付いて尚、鷹臣への情を捨てられずに苦しむ弟の姿と――固い決意を秘め、昂一を真っ直ぐに見返す鷹臣の、静かな双眸だった。
「……あいつは、変わったぞ、曄士」
「……だから、何だよ」
「やり直したくはないか」
曄士の、机に叩きつけたままだった掌が、震えながら拳を握った。
「――認めちまえ。どうしたって、お前は、鷹臣を嫌いになれねえんだってな」
「……ふざけろ、この愚兄! あんなクズ、嫌いに決まってんだろ!」
「いつもそうだな、お前。鷹臣を嫌いだと口にするたび、泣きそうなツラぁしやがって」
「してねえ!」
「してんだよ。――もうこの話は終いだ。とっとと戻りやがれ」
言い募ろうとする曄士を見ず、そうして昂一は弟に退室を促す。曄士はぎりと唇を噛んで、苛立ちのままに扉を蹴り開け足音荒く出て行った。
開け放たれたままの扉から怒りを発露する背中が見えなくなったところで、昂一は重く溜息をついた。
「……ったく、鷹臣のヤロウ。これでまた同じこと繰り返したらタダじゃおかねーからな、マセガキめ……」