Canarino macchinale


 太陽が沈み、頼れるものは僅かな月明かりのみとなった深い森の中に、歌うようにさえずる鳥の聲が響いた。
 太い木の枝で待機していたミルフィオーレホワイトスペルの隊員達は、本来聞こえて来るはずのない鳴き声に警戒を強め、各々目を凝らして周囲を窺う。しかし、そのうちの誰もが歌声の主を見つけることは出来なかった。歌声は近づいてくる。小鳥の姿はない。
 不可解な現象に、隊員の中に動揺が生まれたとき、誰かが呻いた。――身体が、動かないと。
 呻いた男は次の瞬間、地上へ落下した。落下している途中で、なにか白銀が煌めいたのを、彼らは見た。きらめきを見た瞬間に、落下した男の悲鳴が――断末魔が、小鳥の歌声を掻き消した。いや、既に歌声は途絶えている。
 今度は二人、肉体の自制を失ってぼろぼろと落ちていった。悲鳴はまた、空中で断末魔に変わる。
 辛うじて枝に留まっている隊員達は、地上との間に水の揺らめきを、水に包まれた巨大な何かを見て、声にならない悲鳴を上げた。
 暗闇の中、丸い目を光らせ獲物を待ち構えている影は――鮫。雨属性の炎を纏った巨大な鮫だった。
 小鳥の鳴き声も含めて敵襲だった、と彼らは悟る。その感悟が、彼らの人生の最後だった。



「――よォし、これでここいら一帯の敵は殲滅完了だぁ」

 ボンゴレ九代目直属独立暗殺部隊ヴァリアー雨部隊隊長S・スクアーロは、地面に倒れ伏し絶命したホワイトスペル達を無感動に見下ろした。
 彼が立っている枝から木一本あけた距離の枝には、ヴァリアーの隊服を身に纏った金髪の若い女が、無表情で佇んでいる。一見して暗殺部隊所属とは思えない細い肩には、尾と羽に雨属性の炎を灯した白いカナリアが、主人と同じく静かに留まっていた。
 このカナリアこそが歌声の主であり、ホワイトスペルの身体の自由を奪った張本人である。
 スクアーロは彼女の肩にいる雨カナリアをひと睨みして、柄悪く舌打ちをする。

「チッ……。この程度俺一人で十分だっつうのに、あのクソボスめ! テメーがいたんじゃ、張り合いもなにもあったもんじゃねぇ」

 カナリア共々ねめつけられた彼女は、しかしボンゴレ二大剣豪の片割れの眼光をどこ吹く風で受け流し、深いグリーンの眸を湖面の如くに凪がせている。
 スクアーロはまったく動じない彼女にまた舌打ちをして、現在の本拠地で待機しているルッスーリアに無線で完了を伝える。直接XANXUSに繋げなかったのは、彼が通信機をつけていないと簡単に予想出来るからだ。
 ――フィオナ・エドナ。年齢は定かではないが、恐らく二十代前半。金色の髪と緑の眸を持つ、ヴァリアー雨部隊副隊長である。
 五年前ヴァリアーにスカウトされるまでは、英国でフリーの殺し屋をしていたという。殺し屋、といえばまだ聞こえは若干良いが、実際にはただの殺人狂だ。本人に狂っているという自覚がないのが、また質が悪かった。
 フィオナは生まれついての殺人鬼だった。まるで呼吸するように人を殺す。ある者は死神に乗り移られているのだと言った。神の存在など欠片も信じていないスクアーロでさえ、然もあらんと思う。

「う゛お゛ぉい、フィオナ」
「何でしょうか、スクアーロ作戦隊長」
「お前、初めて人を殺したのはいつだぁ」

 唐突に問われたフィオナは、翠玉の双眸を波立たせることなくスクアーロを見返した。相変わらず、彼女の眸からは何の感情も読み取れない。
 《機械仕掛けのカナリア》とは良く言ったものだ――とスクアーロは不快気に鼻を鳴らす。

「四歳の、六月でした」
「覚えてんのかぁ」
「お訊ねになられたのは、作戦隊長ですが」
「ハン゛。――で、誰をどう殺した」
「紅茶に毒を混ぜて、母親を」
「う゛お゛……」

 平常通りの、感情のこもらない声の返答に、僅かに瞠目した。

「何か理由があったのかぁ?」
「ありません」
「あ゛……?」
「強いて言えば、好奇心と衝動です。毒物を人に与えた結果を、自分の目で見たくなったので、毒を混入させやすい手近な母親で試しました」
「そういやお前、毒の収集が趣味だったなぁ……。それで殺しに目覚めたってわけかぁ。お前、ベルみてーに殺しを楽しんでんのかぁ?」

 雨カナリアを匣に戻したフィオナの眸も表情も、やはり何の色も表すことはない。
 気味の悪い女だ、とスクアーロは内心呟く。

「ベルフェゴール様のように、私はそこに歓楽も快楽も悦楽も見出していません。殺したくなるので殺します。それだけです」
「……何で殺したくなる」
「人間が食事をするように、排泄するように、睡眠するように、私は殺します。生理的な欲求です」
「…………やっぱりテメーは、ぶっ壊れてるぜぇ」
「私は私を制御出来ております」
「だろうよぉ。――帰還するぞぉ」
「了解」

 枝を強く蹴り、スクアーロとフィオナは樹々を伝って駆ける。少しの距離を開けて背後に付くフィオナは、今も無表情なのだろう。
 感情がごっそりと欠落しているこの殺人鬼を、スクアーロはどうやら一生好きになれそうになかった。





フィオナ・エドナ
 独立暗殺部隊ヴァリアー雨部隊副隊長。二十代前半。イギリス出身の生来の殺人鬼。趣味(?)は毒物収集。殺しのスタイルは毒殺で、潜入任務が主。武器のミセリコルデ(短剣)の剣身には猛毒を塗布している。彼女に取って殺人は生理的欲求であって、楽しむ物ではない。通り名は《機械仕掛けのカナリア》。雨と霧属性持ち。
 匣兵器の雨カナリアは鳴き声に乗せ雨の炎を浴びせて対象の動きを鈍らせたり、或いは動けなくする。嵐コウモリの雨属性版みたいなもの。夢主の場合は看破されない程度の幻術で雨カナリアの姿をくらませている。

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