独善の牙



side:陵和治

 僕は君。
 君は僕。
 僕/君は君/僕。
 つまり僕らはぼくだってこと!
 ……だけど僕は僕。
 だけど君は君。
 ほんとは知ってるよ、僕らはぼくじゃないってこと。
 だからせめてモラトリアムの間だけ、ぼくでいさせて。
 ――僕たちを引き裂かないで!



 のんびりのんびり、僕たちは裏庭の近くを散歩している。日差しはぽかぽか――って言うには暑いけど、まあいいや。
 向かう先のは裏庭といっても綺麗だし、日当たり良好ではないけどそれなりに注いでくる。

「ベンチなんかあっちゃって、サボんなさいって言ってるようなもんだよね、和人」
「そうだね和人。人もあまり来ないしね」

 顔を見合わせて、へらっと笑う。ほんとは僕は和治で、かれは和昭だ。
 ――僕らは双子の兄弟。顔かたち、身長と体重、頭脳運動能力の何から何まで寸分違わず同じな一卵性双生児。
 僕らは双子でなければ、和人と名付けられて、ひとりで育っていたはずのいのち。
 だから僕は和人と名乗り、和昭も和人と名乗る。
 僕らは双子で、ふたりでひとりだから。
 実は僕らが一緒に行動するのはとても珍しい。だって一緒にいたら和人じゃないもの。まあ二人でいてもお互い和人なんだけど。
 小さい頃からずうっと、この学校の生徒達の前では、違うよ僕は和人だよって言ってきた。だからしんえーたい、っていう集まりの子達は、僕らを和人様って呼んでくれる。僕らの意見をそんちょーしてくれるから、他のしんえーたいみたいに制裁とかはしない。
 ――だけど、分かってる。僕は和治で、和人じゃないって。それくらいちゃんとわかってる。和昭もわかってる。
 僕たちはそれぞれの人間で、ひとつにはなれないってことくらい。だから、親や先生の前では、僕らは僕らでいる。
 でもそれはとても悲しい。僕らははんぶんこして生まれたのに、ひとつには戻れないなんて。えっと、フクスイボンニカエラズ? ちょっと違うか。
 ふたりになっちゃったから仕方ないよねえ、と昔和昭と笑い合ったことがある。ほんのり泣きながら。おとなになったらひとつにもどれるって、信じてたんだよねー。
 大人になっても僕らは僕らのままでしかいられないのなら、せめて子供の間だけは、僕らは和人でいたいんだ。
 ぎゅうっと和昭の手を握ると、和昭もぎゅうっと僕の手を握った。僕らは和人だから、同じことを考えてる。
 そうそう、どうして珍しく二人一緒にいるかっていうと、――なんだかその方がなにかに出会える気がしたから。だからお昼を食べ終わってから合流して、授業サボってお散歩してるんだ。
 裏庭に差し掛かった時、ふと僕らはベンチに蹲る人影を見つけた。黒いもじゃもじゃ。あれって出ないと目玉をほじくられちゃうもさもさー?

「あ、これ噂の転校生だよ、和人」
「ほんとだ。噂の転校生だね、和人」

 昨日のお昼、有名人の白水芳春と嘉山鶫を引き連れて食堂に現れたって言う転校生だ。夜には一匹狼の守川俊哉と一緒だったって噂だ。
 何か今日のお昼も騒ぎ起こしたって聞いたけど、僕が食堂に行った時は、何もなかった。きっと僕が行く前のことなんだろう。
 急に声をかけられた転校生は、僕らを見上げてぱちくりしている。

「え、ふ、双子?」
「違うよ転校生君。僕は和人」
「そうだよ転校生君。僕も和人」
「え、え?」

 混乱している様子の転校生に、僕らはにんまり笑う。――ひとの混乱した顔って、なんてすてきなんだろう!
 ――と思っていたけど、どうやら転校生は僕らの予想とは違う混乱をしていたみたいだ。

「な、何で? だってあんたら別人じゃん」
「……別人じゃないよ。僕は和人」
「僕も和人。僕らは陵和人なの」
「ッ違うだろ! お前らにはそれぞれ名前が在るだろ?! 何でそんなこと言うんだ」
「じゃあ、転校生君は、僕らを見分けられるの?」
「当たり前だろ」
「ふーん。僕は和治。彼は和昭。さあ転校生君目を瞑って」
「いいよって言ったら目を開けて、僕らを見分けてご覧」

 言われた通りに目を瞑る転校生。僕らはその間に足音をたてないよう立ち位置を入れ替えた。転校生から見て僕は右に、和昭は左に。
 さあ転校生君、できるもんなら見分けてみなよ。
 目を開けた転校生は僕と和昭を交互に見て、

「右が和治、左が和昭!」
「わあ」
「ほんとに見分けちゃった」

 殆ど棒読みで僕らは感嘆したふりをする。出てきた声は吃驚するほど平坦で冷え冷えとしたものだったけど、転校生はそれに気付かず誇らし気にしている。
 ……ばっかみたい。
 ああ痛い、痛いよ和昭。無理矢理に切り裂かれたみたいに、こころがいたい。
 見分けてみろといったのは僕たちだけど、絶対間違うと思ってたから言ったんだ。間違われれば、僕は和昭で和昭は僕で、境界線は曖昧になって、つまり僕らが和人だってことだから。
 言い当てられると、別人だって無理矢理納得させられて別々のハコに押し込められたみたい。ああこの喪失感と、埋め難い欠落。――助けて。誰か、和人助けて、和昭!
 満たして、満たして、お願い、痛い、怖い!
 ぎりっと和昭に手を握られて、僕は我に返る。
 ――そう、僕らは別人だ。僕よりも和昭の方が、根が強い。
 和昭は、僕より色んなものが強い。勉強とか運動が同じなのはほんと。そうでなくて、和昭は和人からはんぶんこになるとき、精神や好奇心、欲求の強さなんかをもっていった。
 だから僕は和昭より色んなものが弱い。好奇心も(でも多分余人より旺盛)、心も。ここはうまくはんぶんこできなかった。だから昔、僕は和人になりたかった。
 僕のこの欠落は、そう言った強さが欠けてるからだと思ってたから。和昭とひとつになって和人になれば、僕は満たされるんだと――思ってた。
 だけど和人にはなれないから、僕はちがうもので僕の欠落を満たさなければならない。僕を満たしてくれるのはなあに? ……だあれ?

「ほら、違う顔してた」
「え?」
「それがお前らは別々の人間なんだって証明だ。だから、同じ顔なんてできない」
「同じ顔だもの」
「同じ顔だよ」
「それはつくりのことだろ。俺が言ってるのは表情のこと」
「でも僕らは和人。……ふたりでひとりなんだよ」
「周りが二人のこと見分けられなかったから、そんな事言ってんの? ――もうよせよ。これからは俺がちゃんと、和治と和昭のこと、見分けてやるからさ!」

 余計なお世話。そう言おうとした時、和昭はにっこり、嬉しそうに微笑んだ。――微笑ん、だ? 違う笑ってない。怒ってる。
 ああ何か考えが在るんだ。僕らが和人でいるための考えが。

「ありがとう、転校生君。僕嬉しいよ」
「へへっ。――あ、俺は真山友紀って言うんだ。友紀でいいぜ!」
「よろしくね、友紀。僕は3Bの陵和治。和昭のお兄ちゃんだよ」
「よろしくね、友紀。僕は3Bの陵和昭。和治は僕のお兄ちゃんだよ」
「うん! なあ、いっそ喋り方とか変えちゃえば? したら皆見分けてくれるぜ」
「皆なんていらない。僕は和治と友紀に見分けてもらえればいいから」
「……そうだね和昭。僕も和昭と友紀だけに見分けてもらえれば良いよ」

 そうか、和昭。裏切るんだね転校生を。そのとき現れる戸惑いは、きっととても素敵なんだろう。
 どんな風に崩れるのか楽しみで、きゅっと和昭の手を握った。和昭も、きゅっと握り返してくれた。

「ところで友紀、なんでこんなところで蹲ってたの?」
「もう授業始まってるよ。転校初日からサボるなんて、度胸在るね」

 まあサボってるのは僕たちも同じだけど。でも生徒会みたいに授業免除の特権なんてないから、普段はあんまりサボらないよ。

「あ……」

 和昭が訊ねたところ、転校生はしょんぼりして俯いた。きっと昼の騒ぎに関係してるに違いない!
 実は――……と語りだした内容は、想像と同じものだった。

 友達だと思ってた嘉山鶫に、すごい怒鳴られたって転校生は言った。芳春に触るな! って。
 何したの、って聞いたけど、心当たりがないみたい。――ああ、あの二人も転校生の独り善がりが嫌なのかな。
 そろそろ授業が終わるから、と校舎に戻っていった転校生の背中が見えなくなってから、和昭に笑う。

「白水芳春に会ってみようよ」
「あの物言いた気な絵を描く有名人だね」
「嘉山鶫にも会ってみようよ」
「白水芳春といつもいっしょの変人だね」
「きっと和昭の考えに賛同してくれるよ」
「手は多い方がいいよね、和人」
「そうだね、和人!」
「だったら放課後美術室に行こう。白水芳春はきっとそこにいるよ」
「美術部だもんね。楽しみだなあ、どんな子かなあ」
「どんな子かなあ。楽しみだね」

 チャイムが鳴ってから、僕らは裏庭を後にした。次は古典だ、僕の好きな漢文だから、ちゃんとでなくちゃ。
 ――真山友紀は無自覚の独り善がり。自分は正しい、間違ってないと信じ込んで、それが罷り通ってきてしまった可哀相な子。
 だけどここじゃあそうもいかないよ。機に臨んで変に応ずることの出来ない剛直者は先が明るくないって、教えてあげる。美点は裏を返せば汚点なんだってね!
 自業自得だと解ってても、僕は転校生に引き裂かれるような痛みを味わわせてやらないじゃあいられない。だってほんとうに怖くて、痛かったんだもーん。
 独善はひとにあんな恐怖と苦痛を与えるんだって、身をもって分かってもらうんだ。転校生は、口で言っても分からないだろうしね――。
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