五月闇迫る碧空



 担任のホストに呼び出され、古典準備室で胸糞悪い話を聞かされた。
 その苛立ちもおさまらないまま教室に帰ると、再従兄弟で幼馴染みで家族で、更には寮の同室者であるオレンジ頭の嘉山鶫(かやまつぐみ)が、楽しげににやにやして俺を出迎えた。気色悪いので、取り敢えず一発殴っておいた。
 五月の頭、よく晴れた第一金曜放課後のことだ。

「いーちゃんのただいま、なんて激しい……っ」
「気色い。……で、何にやついてやがる、気持ち悪ィ」
「よくぞ聞いてくれました!」

 腹を押さえて蹲っていた嘉山は一転、生き生きと立ち上がり俺に絡み付いてきた。こいつマジ気色悪い。腰に手を回すな。耳殻に舌這わすな。
 しかし突っ込むと話が逸れて進まねえから、好きにさせておく。教室には俺達以外いねえし。嘉山が俺に対してスキンシップ過剰なのは今に始まったことじゃねえので、哀しいかな慣れてしまった。

「いーちゃん、ご存じ? 来週から転校生が来るんだってさ」
「それ知ってる時点で俺があのクソホストに呼び出された理由も知ってんだろ。空々しく聞いてんじゃねえよこの腐れ蜜柑が。つうか何で知ってんだてめえ」
「うふふ。腐男子活動の賜物だよ」
「うぜえ」

 耳朶に囁く嘉山を目にした通りすがりの生徒が、顔を赤らめて足早に立ち去った。俺達の関係を邪推しやがったんだろう。死ね。
 こうしてたびたび絡み付いてくるから、俺と嘉山が付き合っているなんていうおぞましい噂が実しやかに囁かれている。ンな噂する奴は全員死ねばいいと思う。
 そしていくら人里離れた一貫の全寮制男子校だからって、同性愛が蔓延してしまうこの学校もどうかと思う。生徒会なんて人気投票で決めてるようなもんだし。

「王道な全寮制男子校に、王道生徒会……。そして妙な時期の転校生、とくればこれはもう、リアル王道展開間違いなし! ああ、人間やめないでよかった」
「……うぜえ」

 嘉山は、何だかよくわからないが、腐男子というものだ。男同士の絡みを妄想して楽しむという特異極まりない趣味を持つ女どもがいるそうで、嘉山はそれの男版。
 いったいいつ、何がどうなって嘉山がそんなものに変じたのかは、ガキの頃から一緒だったがわからない。というかあまりわかりたくはない。
 嘉山は、見た目はいいが中身がひどく残念だ。しかし親衛隊は大きく過激だというから、この学校狂っている。

「いーちゃん、ホスト教師に転校生のお世話仰せつかったっしょ。大変だよねえ、委員長は」

 嘉山はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
 ――そう。俺、白水芳春(いずみよしはる)は、銀蘭学園高等部二年A組のクラス代表で。なんとも忌まわしいことに、転校生の面倒を見るように担任に頼ま……命令されたのだ。
 っつうか、そんなハメになった元兇は、未だに俺に絡み付く腐れ蜜柑なわけなんだが。

「てめえさえ、小四ン時に俺を推薦しなきゃあな……俺は煩わしい思いをせずに過ごせたんだよ! 土下座して詫びろこのクズ!」
「だっていーちゃんは、クラス代表にふさわしいカリスマなんだもの。いーちゃんったら、委員長で終わる器量じゃないんだから! ……てかね、俺には死ねって言わないいーちゃんが好き」
「言ったら言ったで俺がめんどくせえから言わねえだけだ。思うだけなら一日五百は軽いぜ」

 嘉山に言ってしまえば、多分俺は自己嫌悪の渦にハマるだろう。
 こいつがいなけりゃ、俺は今の俺になれていなかったかもしれない。いやいなくても、なっていたかもしれないが。
 ともかく、嘉山とは温度差があれど、俺もこの再従兄弟は大事なのだ。
 俺の思考を見透かしたか、嘉山は、ふっと優しげに笑って、

「ひどいやいーちゃん! 俺をもてあそぶなんてっ」

 そしてすぐ、いつもの馬鹿な調子になった。
 何だかんだ言っても俺は、この空気が好きなのだ。
 ……だから、俺の平穏を壊すものはいらない。転校生が"そう"ならば、俺は転校生とは関わらないだろう。
 俺のせかいには、最低限があればいい。俺の矜持と、嘉山とその両親、そして父母の記憶。

「荒波に、向かい風に心折れないいーちゃんが、俺は一等すきだよ」
「……ふん」

 俺をぎゅうと抱き締めながら、嘉山は呟いた。
(――挫けるものか)
 挫けてなるものか。
 俺の挫折は、俺だけのものではないのだから。
 両親が、嘉山夫妻が周囲に見下されないためにも、俺は決して、膝をついてはならないのだ。
 俺は報いる方法を、それしか知らない。

「いーちゃん。転校生が王道極まりなかったら、俺が壊してあげるからね」

 嘉山は俺から離れて、低く笑った。今の嘉山の笑貌は、万人が「狂人だ」と言うだろう。
 嘉山鶫を"こう"した起因が俺かもしれない、その贖いのためにも――俺は立ち止まってはならないのだ。
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