ジャコリヌス・エラルコ・ビビアージュの愛娘、ビアンカとそのメイド、タバサさん、それから僕はジャコリヌスさんの粋な計らいとかなんとかで、セルフィアの町を訪れるために飛行船に乗っていた。 そう。ジャコリヌスさんの計らいは僕達三人だけのものなのだ。それなのに。
「どうしてミストさん達までついてきてるんですか!?」
何故か飛行船にはミストさん、シャロンさん、メロディの三人も乗っていた。 「うふふ、セルフィアには大きなカブがあるそうですよ、ラグナさん」 答えになってない。そして期待の眼差しを僕に向けないでほしい。 「水の神殿……興味がそそられます」 だから答えになってない。行きたいのは分かったけれどモンスターが居そうな所へ、わざわざセルフィアに来てまで行くのは御免だ。 「あたしは珍しいお風呂があるらしいから入ってみたいな。参考にしたいの」 三人目になると流石に諦めた。そしてこの人はお風呂の事になると本当に目が輝いているな、と別のことを思うことにした。今までとは一風変わったお風呂というのも気になるし。
「……つまり、皆さん『面白そうだからついてきた』という事でいいのではないでしょうか」 三人を見てタバサさんは微笑んだ。それがどういう意味を持つ微笑なのかという事は追及しないでおく。この人は案外黒い。 「そんな事よりも」と、タバサさんは続けた。 「私はお嬢様がとんでも無いことを言い出さないか、それだけが心配です」 苦笑しながらタバサさんが視線をやった先には立て巻きツインロールのお嬢様が無言で立っていた。何が不満なのか分からないけれどムスッとしている。 「確かに、それは…………」 頭の中で、始めてビアンカに会った日のことが思い出される。 カルディアに来て二日目の僕に対し、まず発したのが『お父様、帰りましょう。ここ、なんか臭いわ』だった。衝撃的過ぎる。 普段の生活を見ていても、ビアンカは多少(?)キツく言い過ぎるところがある。みんな、ビアンカの性格を知っているからタバサさんのフォローだけで何とかなっているけれど、セルフィアではそうは行かない。
「ネイティブドラゴンが一柱、風幻龍セルザウィードか…………」
見えてきたお城を眺めながら、僕は呟いた。
・ ・ ・
「よく来たな。わらわがネイティブドラゴンが一柱、風幻龍セルザウィードじゃ」
ヴォルカノンという執事さんに案内されてお城の竜の間に入ると、僕は絶句せざるを得なかった。 ドラゴンが普通に会話してる。 ドラゴンが人間の言葉を話している。 ドラゴンが…………!
もしかして、ネイティブドラゴンは喋るのだろうか。……いや、今はそんな事はどうでもいいんだ。
「ビビアージュ家、エルフ同士での親交だと話は聞いておる。思う存分、セルフィアを楽しんでゆくがよい」 セルザウィード様(神らしい)は簡潔にそう言って話を終わらせた。正直な感想を言わせてもらうと、随分ざっくりとした神様だ。もしかしたら今の状態は全力で取り繕った結果であって、本来はもっと違っているのかもしれない。
「タバサ、いきましょう。私、この竜あまり好きになれないわ」
一瞬、空気が固まった。 ……え?ビアンカさん、今なんて? 「おおお、お、お嬢様?」 流石のタバサさんも動揺していた。当たり前だ。町の神様相手にとんでもないことを口走っているのだから。暴言どころの話じゃあ無い。 「偉そうな口調が気に入らないわ。私、上から見られるのが嫌いなの」 暴君ビアンカはそう言ってさっさと竜の間から出て行ってしまった。タバサさんが慌ててその後を追う。 「…………それでは、私も水の神殿へ」 「あたしはお風呂に行ってくるね!」 逃げるようにシャロンさんとメロディも出て行ってしまった。 いやいやいやいや待て待て待て待て!なんて僕の(心の)叫びも虚しく、気まずい空気だけがそこに止まっていた。
「ラグナさん、ラグナさん」
沈黙しきったセルザウィード様を横目に、僕と同じく残されたミストさんが口を開いた。 「ドラゴンさんの後ろから畑の匂いがしますよ?ほら、お仕事です」 「此処まで来て僕に何を期待しているんですかミストさん」 「はい、カブの種です」 「いや話を聞いてくださいミストさん」 何処からともなくカブの種を取り出すミストさんに突っ込む。そもそも一日じゃあカブは出来ないだろうに。それなのに何故彼女の背中からクワとジョウロが顔を覗かせて居るのだろうか。
「セルザー、話は終わった?」
突然セルザウィード様の背後……ミストさんが畑の匂いがすると言った方向から男の声がした。神様に対してやけに親しげな話し方である。 「ぬ……レストか。客人が居るのが見えぬか」 「デカいトカゲがいて見えないかな」 「だぁぁぁぁれがトカゲじゃ!!」 「!?」 セルザウィード様の声が突然変わった。先ほどの如何にも偉い感じの声色から一変、普通の女の子のような叫び声が竜の間に響く。 「そうそう、その話し方こそセルザだよ」 「し、しかし威厳というものがだな……」 「偉そうなのが気にくわないって言われて傷ついたくせに?」 「…………」 僕達が呆然としている間にも話は進んでいく。……ふむ、これがこの町の神様の素か。と納得するまでには数秒を要した。
「……それはそうとレスト、ちと水の神殿を見てきてはくれぬか?」 漫才のような会話が一通り済んだところで、セルザウィード様は突然そう切り出した。 「水の神殿?なんで?」 「実は客人の一人が行ったようでの……あそこにはモンスターがおる。ちと心配じゃ」 「そっか、分かったよ」 ちらりとこちらを一瞥してからセルザウィード様は言い、レストと呼ばれた人は頷くとすぐに竜の間から出て行った。かなりのフットワークの軽さだ。 客人の一人。つまりシャロンさんのことだけれど、気にとめてもらっていたことに少し驚いた。自分の野心を優先した、どこぞの帝国の誰かさんとは違う。
「ただいま!」 「早っ!?」
レストと呼ばれた人はすぐに帰ってきた。いやいや、フットワークが軽すぎるだろ。嗚呼、ミストさんの『ラグナさんもこのぐらい早く動いてくださいね』みたいな視線が痛い。
それから少し話をして、僕達もセルフィアの町をみて回ることにした。 途中、『目がぁぁぁぁ!目がぁぁぁぁ!!』という声が旅館から聞こえてきたり、ジャコリヌスさんの変装した姿にしか見えない人が縦巻きツインロールを圧倒していたり、二人のエルフを目の前に一人のメイドが遠い目をしていたりしたけれど、気にしないことにした。
どの町にも、おかしな人たちは沢山居る。
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