「大物釣れたか?」 ディラスと並んで竿を垂らしながら、俺は尋ねた。 「いや、この辺りに大物はいねえよ」 「そうか」 それでもディラスは此処を動こうとはしない。単に此処が好きなだけかもしれないが、もしかしたら口ではそう言いながら大物を狙っているのかもしれない。俺にはあまり関係のない事だが。 ……しかしまあ、真剣に水面とにらめっこするコイツを見ていると、悪戯心が芽生えなくもない。いや、悪戯心がめきめきと芽生えてきている。よし、悪戯しよう。
「――お?大物だッ!!」 「何ィ!?ど、何処だ!?」 ふむ、此処まで食いつくとは思わなかった。まるで此奴の方が魚だな。 「ほら、もっと水面に顔を近づけてみろ。此処だよ、此処」 流石、馬。馬鹿正直に俺の言うとおり水面に顔を近付けた。 勿論俺は、その顔を水の中に押しつけた。 「ごぼがぼぶぼばッ!?」 「はは、引っかかったな」 「てめえッ!!」 顔から水を滴らせながら怒るディラスから、俺は笑いながら逃げた。うん、やっぱり此奴は面白い。からかいがいのある奴だ。
「釣りか……」 ディラスから逃げ、雑貨屋の前を歩きながらふと思った。別に、釣りは魚だけを釣るわけではないのだ。どこかの国の祭りだとヨーヨー釣りなんて言うものもあるらしいし。……ヨーヨーが何なのかは知らないが。 「おやレオン、どうしたね」 俺は次の悪戯の為に雑貨屋へ入っていった。
「あ、レオンさん。こんにちは」 「……ああ、アンタか」 雑貨屋から出るとレストに出会した。此奴は此奴で、からかいがいがあって可愛い。 「これ、どうぞ」 「ドクニジマスの塩焼きじゃないか。ありがとう」 こうやって、ドクニジマスが釣れる度に塩焼きにして俺にくれる辺り、本当に可愛いと思う。アーサーじゃないが、可愛すぎて愛でるぞ。俺の場合愛でるイコールからかうなのだけれど。
「なあ、アンタ」 「なんですか?」 「ちょっと外に、ディラスを連れ出してくれないか?……そうだな、出来れば展望台が見える所にでも」 「?いいですよ」 流石王子。セルザのおっちょこちょいのせいで王子をやらされているらしいが、他人の頼みを素直に聞く辺り、それなりに素質があるんじゃないかと思う。 「よろしく」と、一言レストに言って、俺は展望台に向かった。
・ ・ ・
準備が整った俺は、展望台で釣りを開始した。後は、狙った獲物が釣れるのを隠れて待つのみ……。 「……お、来たな」 噂をすればなんとやら。別に噂をしたわけではないが、獲物はやってきた。 そして、獲物は餌に気付いた。
「なッ……」 「?どうしたの?ディラス」 「あ、いや何でもないんだ……何でも…………」 「何かさっきから様子が変だけど……用事があったのかな?」 「いっ、いや……そんなことは無いんだが……」
展望台の下から、そんな声が聞こえてきた。よし、食いつきは成功のようだ。 それにしても、さっきからディラスが人参に釘付けで面白い。やっぱり馬って人参が好きなんだな。 「あ、そうだ。この前ディラスが言ってた、景色が綺麗な所って何処?分かんなかったんだけど……」 「あ、ああ、そんな事を言ったっけな……えっと、彼処は…………」 人参から目線をそらさないまま、ディラスは腕を組んで考える素振りをした。ふうん、景色が綺麗な場所か……。さては彼奴、レストを誘おうとしたな。全く、恥ずかしがらないで誘えばいいものを……そんな事をするからまた俺の悪戯心が芽生えてくる。
「そうだ、どうせ道を説明されても僕は迷うだろうし、今度一緒にそこに行こうよ」
お? 狙っていない天然がベタな展開を呼んだようだ。レストから誘ってもらえるなんて、ディラスからすれば万々歳だろう。口元押さえてそっぽを向きながら顔を赤くしているし。 ふう、いつみてもこいつらは面白い。案外人間観察も悪くないって事だ。
さて、なんとなく忘れられているような気もしてきた事だし、人参を揺らしてディラスを更に食いつかせるとしようか。人間観察もいいが、今は悪戯の方を優先したい。……別に、面白ければどっちでも構わないが。
「…………悪い、レスト。ちょっと待っててくれ」 再び人参に釘付けになったディラスは、レストにそう言うと、一歩ずつ人参に近づいていった。 さあて、ディラスはどうやってこの人参をとるかな。 猿にバナナを取らせる実験じゃあないが、人参はジャンプをしても届かないような高さに吊してある。一工夫しないと取れない仕組みだ。手っ取り早いのはレストを肩車する方法だが、彼奴がそんな事をするとは思えない。
ニヤニヤと俺が眺める中、ディラスがとった行動は思いも寄らぬものだった。
「ウルァッ!!」
パーンッ…………ポトリ あろうことかディラスは魔法を使いやがった。電撃が人参を直撃して、釣り針の辺りを破壊して落ちた。 「はは、そう来るとはな……」 予想外過ぎて面白い。 そこで俺は、嬉しそうに人参を拾うディラスの後ろにレストが居ないことに気付いた。何処に行ったのだろうか。
――と、ここで後ろの扉が開く音がした。 後ろの扉……つまり、展望台の扉。 振り向いてみると、其処には笑顔で俺を見るレストがいた。
「レオンさん……」
その後、俺がレストとディラスにしこたま怒られたのは言うまでもない。 全く、これだから悪戯はやめられない。
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