バレンタイン前日。お城の一室に女子が集まっていた。 「と、いうわけで始まりました! バレンタイン直前、お料理教室! 今回の先生はスキルレベルをマックスまで上げたフレイさんだよ!」 ブーラボー! と今にも叫び出しそうなテンションで場を仕切るように言ったのはマーガレット。その隣では室内、しかもキッチンスペースだというのにフル装備のフレイが照れ臭そうに笑っていた。 「……ねえ、なんで突然こんなの始めたの?」 「恐らくフォルテさんの為ですわ。ルーちゃん、ルーちゃんはバレンタインでも被害者を出したいと思いますの?」 「……そういうことね」 一歩下がったところでドルチェとピコがそんな会話をしていたが、盛り上がるマーガレットのお陰で誰にも聞こえていないようだ。 ドルチェはそっとフォルテに視線をやる。こういう集まりが騎士である彼女には恥ずかしいのか、少しだけ頬を赤く染めていた。 「……まあ、ビシュナルみたいな被害者はあんまり出さない方がいいかもね。ジョーンズさんとナンシーさんが大変だから」 ピコにしか聞こえないくらい小さな声でドルチェは呟くように言った。同時にいつの日かクッキーを食べて倒れ、病院に運ばれたビシュナルの姿を思い出す。彼はあの日犠牲になったのだ。
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「料理に必要なものは愛情もそうだけど、栄養価も必須だと思うんだよ」 七人の前で堂々と胸を張ってフレイは語る。栄養価? と首を傾げる七人の反応を見てフレイはさらに続けた。 「そう、栄養価。つまり食事効果だよ! 愛情も食事効果もたっぷりの料理がみんなのハートを鷲掴みにするんだよ!」 「食事効果は少し違う気がするようだが……」 「甘い!」 「おう!?」 シャオパイにビシッと指を差してフレイは言う。「食事効果がマイナスの料理なんて雑草と同じだよ! ゴミなんだよ! シャオさんは好きな人にごみを渡すの? ゴミで彼のハートを鷲掴みに出来るの?」 「わ、私が悪かったようだ……」 フレイのただならぬ気迫にシャオパイは若干引いていた。シャオパイだけではない。他の女子たちもそうだ。しかし、フレイの言うことには一理あると思ったようで、反論は誰もしなかった。 「じゃあー、たっぷりの食事効果をつけるにはー、どうしたらいいんでしょう?」 はい。と手をあげてクローリカが質問をする。「いい質問だね!」とフレイは嬉しそうに答えた。 「たっぷりの食事効果をつけるには、料理のアレンジが必須だよ。出来ることなら作物を作るところから始めたいけど……今日は時間がないからここに全種類用意しました」 言いながら笑顔でクワを取り出したフレイに女子たちはほんの少し恐怖を覚えた。いつか農業指導が入るかもしれない。 フレイが冷蔵庫を開けると、そこには大量の作物や畜産物等が入っていた。サクラカブから大金剛花まで本当に全種類揃っている。 「アレンジ、とは具体的にどのようにすればいいのでしょうか」 冷蔵庫の中身を見て感嘆しつつ、料理においての一番の問題児であるフォルテが訊ねた。もしかしたら、アレンジなら彼女は毎回しているのかもしれない。その結果あの料理が生まれているのだとしたら、アレンジについて深く知るのは良いことだろう。 「まずは食べられるものを入れること。鉄とか雑草とかは間違っても入れてはいけません」 ピン、と指をたててフレイは答えた。いつの間にかメガネをかけており、インテリ風になっている。「その辺を入れたアレンジ料理は、最悪ジョーンズさんのお世話になります」 「…………」 フレイの言葉には実際の経験から来る謎の説得力があった。そう、彼女も昔やらかしたのだ。 「まあ、食べられるものなら基本的に何でも大丈夫です。ただタンポイズンだけは気を付けて。あれは毒消し草と一緒に使わないと、食べたときに毒状態になります」 「鉄千輪もダメなの?」 「ダメだね。痛いでしょ?」 「うん。あれは痛いの……」 困り者だねぇ、とコハクが言った。花屋での苦労が若干伺える。
「――まあ、細かいことは実際に作って食べてみれば分かるかな。早速始めようか!」 最後にフレイがそうまとめ、いよいよ料理教室は調理段階に入った。作るものは勿論クッキーだ。 「クッキーもチョコクッキーも食事効果はHP、RPの回復と体力の向上だよ。さて問題です。クッキーに食事効果をつけるとしたら何がいいでしょう!」 突然出題された問題に、女子たちは悩みつつも思い思いの答えを出す。 「体力だけでは足りません。筋力もつけましょう」 「私はRPの回復量を増やしたらいいと思うなー。ホラ、魔法が使えなくなったら大変じゃん?」 「属性抵抗をつけるべきだと思うようだ」 「……知力がほしい、かしら」 「ルーちゃんは火力重視ですのね!」 「眠くならないといいですねぇー……」 「ハチミツ! ハチミツが必要なの!」 「なるほど。よくわかりました」 うんうん。と腕を組んで頷くと、フレイは冷蔵庫を漁り始めた。それからそれぞれの前へ違った材料を置き始める。 「フレイさん、これは?」 目の前に置かれた大金剛花やキングパイナップル、キングオトメロンに戸惑いつつマーガレットが訊く。 「アレンジとして入れるものだよ。丸々一個使ってね。今回はクッキーだから、二つアレンジとして入れられるよ」 「これ、全部?」 「うん。それを使えばRPがすごく回復するクッキーになるね」 屈託の無い笑顔でフレイは言う。マーガレットは思わず絶句した。同時に、この巨大作物をどうやったら一枚のクッキーに丸々一個使うことができるのだろうかと真剣に考え始めた。 「どう考えても入りきらないようだ」 「え? 入るよ? 気合いで」 「気合い!?」 巨大青水晶の花と巨大緑水晶の花を抱えて困ったように言うシャオパイにフレイはさらっと答えた。そして、「ちょっと貸して?」と言ってシャオパイから水晶の花を受けとると、無理矢理調理を始めた。そして数分後、見事に一枚のクッキーが出来上がっていた。 「ほらね?」 そう言ってフレイは冷蔵庫から水晶の花を取りだしシャオパイに渡す。 「やれるかどうか不安なようだ……」 シャオパイは力なく呟いた。
「ふ、フレイさん、その……また超失敗作が」 「フォルテさん諦めたらダメだよ! 何度もチャレンジだよ!」 数時間後。料理教室はフォルテとフレイの一対一の個別指導になっていた。二人の後ろには大量の超失敗作がある。失敗作ではなく超失敗作というところがフォルテの腕前を表していた。 「これ、前にも見たいい匂いのする墨なの。エっちゃんが事件の香りがするって言ってたの」 「エルミナータさんはいつもそう言ってるじゃない」 「ですわね」 そんな二人を見ながら他の女子たちはのんきに会話をする。彼女たちの前には大量のクッキーがあった。全て、フォルテが超失敗作を錬成している間に作ったものだ。 「随分たくさんできましたねー」 「うむ。お客さんに配るのもいいようだ」 「あ、私もそうしようかなー。ポコさんに食べられないか心配だけど……」 あはは。とマーガレットは笑った。作ったものを片っ端から食べてしまうあの料理人は、ここにあるクッキーも一人で平らげてしまうことだろう。 「うう……また失敗してしまいました……」 「大丈夫! フォルテさんはちゃんと成長してますよ!」 オーブンからクッキーになるはずだったものを取り出してフォルテはガックリと肩を落とした。それをフレイが慰める。何度目の光景だろうか。しかし、何度も繰り返された光景は、今回ばかりは今までとは少しだけ違った。 「だってほら――」フレイがクッキーになるはずだったものを指差して言う。「今回出来たのは超失敗作じゃなくてただの失敗作じゃないですか!」
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翌日。セルフィアに新たな伝説が生まれた。 『バレンタインに配られるクッキーを食べると、どんなモンスターでも倒せるほど強くなれる』 という、旅人にとってとても嬉しい伝説が。 ただ、同時にもうひとつ、良くない噂話も流れていた。 『チョコクッキーによく似た、呪いのクッキーを食べると即座に意識を失ってしまう』 そんな噂話が。
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