今日もまた、なんでもない平和なただの日常が始まる。たわけ者のあいつが守った、みんながいる日常が。 わらわが一人ぼっちではない日常が。
◇
「ああ、セルザ。おはよう」 「なんじゃ、レオンか」 「なんだ? そんな口をきくのならホットケーキはお預けだな」 「なんじゃとォォォォ!?」 旧知であるせいか、レオンは相変わらずわらわに酷い仕打ちをする。ホットケーキお預けとは酷なことを……。一度、こやつの好物を同じ様にお預けにしたらこんな仕打ちをしなくなるのじゃろうか。……しなくなったらそれはそれで寂しい思いをするのじゃろうが。 「相変わらずアイツは今日も農業に精が出てるみたいだな」 わらわの後ろにある、畑へ続く道を眺めてレオンは言った。そっちの方からは水を撒く音が聞こえてくる。そろそろ水が撒き終わって、わらわにホットケーキを持ってくる時間だ。あやつが勝手に始めた事だが、毎日続けばそれがわらわの日課に組み込まれるのは当然のことである。べ、別にホットケーキを待ちかねてソワソワなどしていない。断じて違う。
やがて、わらわの部屋の隣……つまり、レストの部屋からホットケーキの匂いが漂ってきた。涎が出そうになるが、グッと堪える。涎を垂れ流しにしていては、ただでさえ無い神龍の威厳が更に無くなってしまうからの。ヴォルカノンの説教が容易に想像できる。 ホットケーキを焼く音が消えると、今度はバタバタと騒がしい足音が聞こえてくる。さあ、お待ちかねのホットケーキじゃ!
「セルザ、おはようっ!」 「…………え?」
眩しい程の笑顔を振りまき、ホットケーキを投げてきたそいつはわらわの友人の筈だった。筈だったのに、そいつは友人ではなかった。 緑色の髪の毛をツインテールにし、春なのに肩を露出した少女がそこに立っていた。 「? どうしたの、セルザ。まさか具合が悪いとか?」 「そ、そんな事はない。わらわはいつだって元気じゃ」 「じゃあ……食べ過ぎ? ホットケーキはお預けかな?」 「そちもレオンと同じ事をするつもりか!?」 あはははは、と笑いながら少女は広場の方へ出て行った。 いつもと変わらない会話。それなのに、相手は友人ではない。……いや、友人なのか? わらわが知らないだけで。……でも、そんな事は。 状況を上手く飲み込めずに、色々な考えがわらわの頭の中で渦巻く。何が起きた。何が起きている。 「最近、フレイの料理の腕が上がったと思わないか? セルザ」 「なんじゃ、何時の間にそちも貰っておったのか」 「ああ。毎日焼いて持ってきてくれる」 ドクニジマス焼きを嬉しそうにかじりながらレオンは言った。わらわは言葉を返しながら、あの少女の名前を確認した。フレイ……フレイと言うのか。 少女のことはよく分からぬが、なんとかなるじゃろう。きっとこれから仲良くなれる。それよりも、あのたわけ者は何処へ行ったのじゃろうか。 どうせモンスターと何処かへ言っているのだろうと思いつつ、いやな予感は拭えなかった。
◇
夕方になってもレストは顔を見せなかった。いやな予感は膨らんでゆく。 「……のう、ヴォルカノン」 「どうしましたかな?」 不安を紛らわすためにヴォルカノンに話しかける。しかしその先の言葉が出て来ない。結局話題にしたのはフレイのことじゃった。 「フレイはよくやってるかの?」 「そりゃあもう、今では立派な姫ですぞ」 嬉しそうにヴォルカノンは笑う。そして「空から降ってきたときは……」と昔話を始めた。 ……空から降ってきた? フレイが? 空から? わらわの上に落ちてきたのはレストではなかったか。レストじゃったはずじゃ。ヴォルカノンがそれを間違えるはずがない。……ということは、つまり…………。
ヴォルカノンがいなくなってから、今朝もらったホットケーキを食べた。 「…………レスト……」 同じホットケーキの筈なのに、いつもと全く違う味のように感じた。 どういう訳か、わらわの友人は存在すらしていない。 「……のう、レスト…………?」 呼び掛けてみても勿論言葉は返ってこない。 「なんじゃ、突然……。突然、いなくなりおって……なんじゃ…………」 ポロポロと思ったことが口から出てくる。段々視界がぼやけててきたような気もする。 「ストップ! ストーップ!!」 「やりすぎた、すまん、セルザ」 「!?」 背後からそんな声が聞こえてくる。走ってきたのはフレイとレオン。 フレイはわらわを通り過ぎるとオーダーシンボルを使った。そして、次の瞬間、フレイの姿が変わった。 「此処まで騙されるとは思わなかったよ……ごめん、セルザ」 「ふむ……エイプリルフールって祭りは出来そうもないな」 「エイプリル……フール……?」 「うん。嘘をつくお祭りらしいんだけど……セルザ?」 そこにいたのは、今日1日顔を見せなかったレスト。その顔を見るなりわらわの中の何かが崩れた。
「こんのアホがァァァァァァァァッ!!」 「わあぁ!?」
その後、ヴォルカノンに五月蝿いと起こられたのはまた別の話。
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