「貴方はパラレルワールドというものを信じますか?」

萩原子荻は唐突に尋ねた。
六月の事件以来、廃校となった澄百合学園の制服を身に纏って、通称骨董アパートの戯言遣いの部屋に彼女は座っていた。
彼女の目の前には、グラスに注がれた水道水と、それを出した張本人、戯言遣いが居る。
「パラレルワールド?急に、何でそんな話を」
質問には答えず、戯言遣いは逆に質問を返した。萩原子荻は淡々と質問に対する答えを言った。淡々とし過ぎて、その答えはまるで予め用意されていたようである。否、まるで、ではない。実際彼女はその答えを用意していたのだ。聞き返されることを目的に、彼女は戯言遣いに質問を投げ掛けたのである。
「六月のあの一件で、私は思ったのです。もし、もしも、パラレルワールドがあったとするならば、そのパラレルワールドでは、あの場所で玉藻と同じく紫木一姫に殺されていた私も居て、その一方で玉藻と一緒に暮らしている私も居る事になります。……私は、その無数にあるパラレルワールドの中で、どういう末路を辿っていたら一番幸せだったのでしょうね」
「つまり、玉藻ちゃんが死んで自分が生きていることが不満な訳だ」
知らないよ、とでも言いたげな顔で戯言遣いは間髪入れずに答えた。この質問に対しては、きちんと答えた。
「……簡単に言えばそうなるのでしょうね」
やや顔を赤らめながら萩原子荻は水道水が注がれたコップに手を伸ばした。
「あの時は、玉藻の頭部を策のために使いましたが……近くにいた人間が死ぬと、やはり喪失感があります。こんな世界に、身を置いているのに」
哀しげに苦笑を漏らす少女を見て、戯言遣いは何を感じ、何を思ったのだろうか。少女にそんな事を思わせている張本人として。

「ししょー!姫ちゃんに勉強教えて欲しいですよ!ししょー!」

戯言遣いが何かを言おうとして口を開きかけたところで、外から紫木一姫の叫ぶ声が聞こえ、戯言遣いの言葉は遮られた。やれやれ、と戯言遣いは立ち上がり、萩原子荻に背を向けた。そして、「ちょっと姫ちゃんの相手をして来るよ」と言い、靴を履いた。つまり、待っていろという意味である。多分。少なくとも、萩原子荻はそう受け取った。

「まあ」扉を開きながら戯言遣いは言う。
「パラレルワールドが有ろうと無かろうと関係ないと思うよ。子荻ちゃんは今、生きているんだからさ」
珍しく前向きな事を。