一年のなかで、夏が一番好き。
暑いけど、アイスが美味しいし、なによりも海にいくのが好きだから。
海に行って、おねえちゃんと、相棒のスターミーと遊んで、野生のポケモンや海水浴をしてるトレーナーと戦って。夏は、楽しいことが多い。
だから好きなんだ。
「波乗りでどっちが速くあそこの岩にたどり着くか競争しよう!」
そう提案したのはおねえちゃんだった。ぼくのスターミーなら負ける気がしなかったから、ぼくは「やろう!」って凄くはしゃいだ。それから、モンスターボールからスターミーを出して「頑張って」って声をかけた。スターミーはぼくの言葉に頷いてくれた。
おねえちゃんはゼニガメに、ぼくはスターミーに捕まって、おねえちゃんの「よーい、ドン!」の合図で一斉に進んだ。
最初はおねえちゃんと並んでたけど、段々ぼくのスターミーのほうが速くなって、完全におねえちゃんを抜いたときは「やった!」って思った。あとは目の前の岩まで、スターミーにしっかり捕まっていればぼくは勝てるはずだった。
それなのに。
「ユウ!!」
ぼくを呼ぶ、おねえちゃんの声が聞こえた。どうしたんだろうって、ぼくは後ろを振り返ったけど、おねえちゃんは見えなかった。
ぼくは海の中にいた。
気がついたらスターミーとはぐれてて、ぼくは海の中でどんどん流されていった。
息ができなくて、苦しくて。でもどうしてか上に上がれなくて、怖くて、流されて、苦しくて。
口の中の空気を出しちゃダメだって思って、頑張って口を押さえていたのに、離れちゃって。ゴボッて音が聞こえて、ぼくの口から白い泡がいっぱ出でるのが見えた。白い泡は、上から来る光でキラキラしてて、凄く綺麗だった。ずっと見てたいなって思ったけど、泡はすぐに消えちゃったし、もうぼくの口から空気は出てこなかったから無理だった。そんなことよりも、息ができなくて、苦しくて、それどころじゃなかった。
冷たい。重い。苦しい。
上に見える光はどんどん小さくなっていって、おねえちゃんに助けてって念じてみたけど通じそうになかった。やっぱり声に出さないとダメなんだね。でも、声はもう出せなかった。
苦しい。
苦しい。
苦しい。
苦しい。
苦しい。
……あれ?
ぼくは、何が苦しかったんだっけ?
もう、なにがなんだか分からなくなってきた。苦しいのかどうかもよくわからない。
苦しくなくなると、周りを見る余裕が生まれて、海の中が凄くきれいだってことがわかった。この中を自由に泳げたら、きっと楽しいだろうな。
もう苦しくないから、自由に泳げるような気がした。身体を動かしてみたら、思った通りだった。
ずっと海の中にいるのに、息継ぎなんてしなくてもすいすい泳げて凄く楽しい。楽しいなぁ、あははっ。
でも、いい加減おねえちゃんが心配するだろうから、そろそろ上にいかないと。おねえちゃんのことは大好きだから。心配かけたくないから。
勢いよく水上へ向かって泳ぐと、勢いがよすぎたのか空中でジャンプして宙返りできた、ような気がした。楽しかったからあとでもう一回やろう。
おねえちゃんは、突然出てきたぼくに驚いたような顔をした。そのあとで、凄く悲しそうな顔で「ごめんね」って言った。
……あれ? よく見たら、この人おねえちゃんに似てるけどおねえちゃんじゃない。ぼくのおねえちゃんは何処だろう?
「もう、この海じゃ楽しい気持ちになれないの」
おねえちゃんに似ている女の人は、今にも泣きそうな顔でそんなことを言う。「ごめんね」って、何回も言う。
「ユウのこと、思い出しちゃうから……。楽しくないバトルなんて、したくないから……ごめんね」
零れてきてしまった涙を拭きながら、女の人はそう言ってぼくに背中を向けて何処かへ行ってしまった。ぼくは追いかけたかった筈なのに、そうすることができなかった。
バトル?
ぼくは、なんだっけ?
ぼくは……
よくわからないから、海にもぐって泳いだ。気持ちよかった。それで、もう一回空中でジャンプをしてみようと思って、実行した。そうしたら、知らない男の子に出会った。
「プルリルだ!」
男の子は嬉しそうな顔でぼくを指差した。ぼくも嬉しくなって、バトルをした。負けちゃったけど、楽しかった。
でも、なんでたろう。
ぼくはプルリルなのに、ポケモンなのに、ずっと前はぼくもモンスターボールを持って戦ってた気がする。まるで、人間みたいに。
なんでだろう?