「なあなあ、知ってるか?」
「知ってる」
ヒビキの言葉をシルバーは一言で一蹴した。するとヒビキは「何も言ってないのに分かるとかエスパーか」なんて口を尖らせながら突っ込む。
「どうせその流れで振ってくるのは最近流行りの噂話だろ。そのぐらい知ってる」
「お、おう……本当に分かってたのか……」
思っていたことを見事に言い当てられたヒビキはどう言葉を返したら良いのか戸惑う。悩んだ末やっと見つけた言葉は「怖いよな」の一言で、シルバーに「そうだな」と返されてそこで話は終わってしまった。
今ジョウト内は人間に化けたポケモンの噂で持ちきりだ。ポケモンが人間に化けるという話はゾロアーク等がいるお陰で珍しい話ではない筈なのだが、その内容が異常すぎたのだ。
その噂話は三つの要素で成り立っている。
一つ、どうやらその正体はメタモンであるということ。
二つ、メタモンが化けた元の人間は行方不明になるということ。
三つ、メタモンに襲われ、メタモンを見るたびに怯える人間がいるということ。
シルバーはこの話をあまり信じてはいなかった。まず、メタモンが人間に化けてなんの得があるのか分からない。次に、仮にメタモンに襲われたとしても、バトルで倒せるだろうから、メタモンにあまり怯える必要もないからだ。
しかし、火の無いところに煙は立たない。シルバーはこの噂話の大元がなんとなく気になってはいた。
◇
ヒビキを倒すため、ポケモンを強くするため、修行にうってつけの場所を探してシルバーは歩く。すると山道を歩いているときに、ぐにっという地面ではない感触が足元に伝わった。
「…………?」
その感触を不思議に思いシルバーは足元を確認する。足元には茶色くて固い地面ではなく、ピンク色の柔らかい物体があった。
「――――! 悪い、大丈夫か?」
それがメタモンだと分かったシルバーは足を引きしゃがみこみメタモンに話し掛ける。メタモンは涙目になりながらぐにぐにと身体を動かした。
「ごめんな」
メタモンが怒っているのかどうか分からないが、シルバーはとりあえずお詫びの印としてメタモンにオレンの実を渡す。するとメタモンはオレンの実を嬉しそうに受け取って、一口で食べてしまった。どうやら空腹でもあったらしい。
機嫌をよくしてくれたようなので、シルバーは安心して立ち上がり「じゃあな」と言ってメタモンと別れた。
「ッ!?」
が、次の瞬間、シルバーの視界は一気に低くなって、目の前に固い地面が現れる。打ち付けた身体が酷く痛んだ。
「……え?」
何かに躓いたのだろうかと、立ち上がりつつ足元を確認してみると、左足にピンク色の物体が絡み付いていた。どう考えてもさっきのメタモンだ。
これは一体どういうアピールなのだろうか。シルバーがそう戸惑っているうちにメタモンは体積をどんどん増していく。どこからその体積が来ているのか些か疑問だ。
「……ッ、なにしやがる……ッ」
体積を増したメタモンがギリッと左足を締め付けてきて、シルバーは小さく悲鳴をあげた。そして喧嘩を売られたのだと解釈したシルバーはモンスターボールに手を伸ばし、メタモンをバトルで倒そうと考える。
そんなシルバーの動きに目敏く気づいたメタモンは、そうはさせまいと身体を一気に伸ばしてボールに伸びていたシルバーの右腕にも絡み付いた。
「ッ、なんだよ、何がしたいんだよ……」
左足と右腕を繋ぐようにメタモンが締め付けてくるものだから、自然と右腕が捻られる形となりシルバーは痛みに顔を歪めた。メタモンの力はどんどん強くなっていき、既に振りほどくことはできない。
体積を増していくメタモンは、とうとうシルバーの身体を覆うサイズにまで巨大化した。普段の体長〇.三メートルはどうしたのだと怒りをぶつけたくなる。
「ぐ、う……ッ」
みしりみしりと身体中から嫌な音が聞こえてきそうなほど締め付けられ、シルバーは苦痛に呻く。やっとこのとき、今流行りの噂話は本当だったのだと実感した。しかし今更すぎる。もう逃げる術はない。主導権は完全にメタモンに握られていた。もう立っているのか、それともメタモンの上に乗っかっているのか分からない。
「バカ、やめろッ……!」
シルバーの左腕を横に伸ばすと、メタモンは今までとは比べ物にならないような力をそこに集中してかけてきた。腕が、骨が悲鳴をあげ、軋んでいくのがよくわかる。このあと左腕がどうなってしまうのか想像してしまったシルバーは慌てたように必死に叫ぶ。
「やめろ! 嫌だ、やめろ……それは、それは……ッ! 謝るから、さっき踏んだのだって悪いと思ってる! だから……ッ」
メタモンはシルバーの言葉を聞き入れない。
「ッああああああああッ!!」
最初に小気味いい音がして、激痛が襲いかかると同時にシルバーは絶叫した。折られた腕を更に締め付けられて、痛みのあまりシルバーは暴れようとする。しかし全身にメタモンが絡み付いた今それは叶わない。
シルバーが痛みにもがく姿がお気に召したのか、メタモンは次に、右足に力を込め始める。やはりシルバーの「い、いやだッ、いやだやめろやだいやだ!!」なんて声を無視してメタモンは力を強くする。
腕より長い時間をかけて右足も折れる。再びシルバーは絶叫したのだが、直ぐに口を塞がれてしまいくぐもった声しか出なくなった。
「――――ッ! ――――ッ」
メタモンが口を塞いだお陰で鼻も塞がれることになり、首も締められ呼吸が一気に困難になる。脳に酸素が届かなくなり、骨を折られた痛みとはまた違う苦痛と死への実感が押し寄せる。急展開すぎる理不尽な現状にぼろりと透明な滴がこぼれたが、本人は気づいているだろうか。
酸素が足りなくなったお陰で、左腕と右足の痛みは段々薄れていく。このまま意識を手放してしまったほうが楽なのかもしれないと悟りはじめたシルバーはゆっくりと目を閉じた。
「ッ、ごふッ……?」
そこで唐突に鼻と口、そして首の拘束が解かれシルバーは咳き込む。ぱたぱたと赤い液体が溢れて身体を締め付けているメタモンを汚した。それが自分の口から溢れた血だと認識するまでに数秒を要し、腹の辺りの違和感に気付くには更に数秒を要した。
「……え? あ……」
ずるりと何かが引き抜かれる感覚がして、メタモンの全身拘束も解かれ、シルバーは急に支えを失って固い地面に再び倒れた。
もう一度咳き込むと、先程よりも多い量の血が口から溢れた。じくじくと傷口が、全身が熱を帯始めるが、それが痛みなのかなんなのかはよく分からない。意識は朦朧とし視界がぐるぐると回り、上下左右が分からなくなるような感覚だけがそこにあった。
「……ヒビ、キ……」
目まぐるしく変わっていく状況に適応しきれず脳は処理を諦めてしまっている。そんな脳が浮かべた単語をシルバーは吐き出した。
意識を手放す一瞬前、よく知った人物を見た気がして、「おせーよ」と口だけ動かしてシルバーはほんの少し微笑んだ。