『●あの日の復讐 後』


 激しく暴れるギャラドスは、消耗していた三体を容赦なく打ち付けた。もしかしたら、味方であるはずのポケモンにも攻撃していたかもしれない。そんな滅茶苦茶な攻撃だった。
 そんな攻撃を、リザードンだけはギリギリのところで回避することができた。レッドが命じたことにより、空に逃げることができたのだ。しかし、カメックスとフシギバナにはそんな手段は使えない。なす術もないまま、呆気なく倒されてしまったのだった。これでレッドの手持ちは二。いよいよ絶望的だ。
 しかしそれだけでは終わらない。ギャラドスはまだまだ暴れ続けている。リザードンは空ににげているため近くにいない。そう、レッドの周りには、もう味方のポケモンがいないのだ。それを男が見逃すはずがない。
「――がッ――!?」
 容赦ない一撃が、レッドに炸裂した。暴れ続けるギャラドスの尾がレッドの胸の辺りに直撃したのだ。嫌な音が聞こえる。もしかしたら、肋骨が折れたかもしれない。
 地面に激しく叩きつけられたレッド息を吸うことが出来なくなっていた。苦しい、息を、酸素を。増していく苦しみに焦りを感じながら、レッドは肺に空気を取り込もうともがく。しかし、一向に苦しみから逃れる気配はない。逆だったのだ。息を吸いすぎている。所謂、過呼吸。肺に強すぎる衝撃を受けたのが原因なのか、それとも違う何かか、それは分からない。ただ、焦れば焦るほど、過呼吸が酷くなっていくのは確かだった。更に息を吸う度に折れたかもしれない肋骨が悲鳴をあげる。もし折れていたとしたら、肺に刺さってしまう可能性がある。そういった要因がレッドを更に焦らせる。そのときだった。
「な、に、を!!」
 どこからかそんな怒号が聞こえた。
「しやがってんだテメェェェェッ!!」
 それは物凄いスピードで現れると、未だ暴れているギャラドスを目にも止まらぬ速さで攻撃した。そしてギャラドスが倒れた頃には、それはレッドの隣にいた。
「焦んな。落ち着け、大丈夫だから――」
 妙に優しい声でそう言われると、不思議とレッドは落ち着きを取り戻していった。その最大の要因は安堵。頼もしいポケモンを引き連れた、自分と同等レベルの親友が現れたら、安堵せずにはいられないだろう。
「ぐ、りーん……」
 過呼吸の状態から解放されたレッドは親友に声をかける。グリーンの隣には凛々しい顔つきのウインディがいた。恐らく、さっきギャラドスを倒したのはウインディのしんそくだろう。
「ったく……どういう状態だっての。八体もいんじゃねえかよ。ちょっと、そこのおっさん! こういうの、反則って言うんじゃねーの?」
 目を細めるグリーンに対し、男は異様なまでに口角を吊り上げた。不気味で歪んだ笑みだ。
「お前は……オーキド博士の孫、か。イイねェ! こっちも楽しく遊べそうだ!」
 ギャハハハハ、と男は笑う。そして、近くにいたオニドリルに「かまいたち」と一言だけ命じる。
 かまいたち。バトルではほとんど使われない技だ。一ターン目に溜めなければならない上に、命中率と威力が低い。しかし、それが生身の人間に向けられたらどうだろうか?
 グリーンの皮膚のあちこちが一斉に裂ける。そして勢いよく血を吹いた。自分が斬られたということを認識したところで、初めて痛みが襲ってくる。
「ッ!」
 短く悲鳴をあげてグリーンは顔をしかめた。どくどくと血が流れている。止まる気配はない。そして、斬られたことに気をとられている隙に次の攻撃が来た。
「あッ……が……!」
「グリーン!!」
 一瞬強い電流がグリーンの身体を走り抜け、グリーンはその場に倒れ込んだ。グリーンは気を失ってこそいないものの、上手く言葉を発することができない。手足はビクビクと痙攣していた。
 電磁波。ポケモン相手では、麻痺させるだけの技だが、人間に使えばそれはスタンガンを押しあてたのと同じようなものである。気を失わなかったことが奇跡に近い。
 そんなグリーンにレッドは駆け寄りたくても駆け寄ることができなかった。もう、身体が限界を迎え始めているのだ。最初に食らったどくどくが着実にレッドの体力を奪い、暴れるでだめ押し。レッドの手足にはほとんど力が入らない状態にまでなっていた。それを見た男は物足りなさそうな顔をする。
「キツすぎたか? もう終わりってのも呆気ないよなァ? 仕方ねェ、こっちはもうちっと丁寧に遊んでやるか……ラフレシア、宿り木の種だ」
 宿り木の種が植え付けられる。その対象は、やはりウインディではなくグリーンだ。宿り木は徐々に成長し、グリーンに絡み付き、拘束し、そして体力を奪う。
「あ、あ、ああああ!!」
 グリーンの絶叫を、まるでお気に入りの音楽であるかのように男は楽しみながら笑みを浮かべた。それから、またどこからかモンスターボールを三つほど取り出す。まだあるという事実が、少なからずレッドやグリーンに絶望を与えた。
「さァ、次はどいつにする? なァ、チャンピオン様はどんなのが見たいか? チャンピオン様の大好きなピカチュウでも使うか? ……おっと、俺のはライチュウだったな」
 お気に入りの中から一つのゲームを選ぶような感覚で男はライチュウを繰り出す。
「実験の時間だァ。生身の人間に十万ボルトを浴びせたら、いったいどうなっちまうんだろうなァ?」
 ニヤリと男が笑った。その顔を見て、レッドは最悪の展開を想像してしまう。そうなってしまう可能性は、低くないかもしれない。
「……や、めろ」
「あァ? 敗者は黙るのが美徳ってもんじゃねェか?」
「……まだ、負けてない」
「吠えてろ吠えてろォ。動けねェ奴がどう吠えようと関係ねェっての! 安心しな! チャンピオン様もこいつのあとでまた可愛がってやるよォ!」
 そう言って男はライチュウに手始めと言わんばかりに電気ショックを命じる。普通だったら忘れさせてしまうような技だが、この為だけに覚えさせているのかもしれない。もしそうなのだとしたら、気持ち悪い程の執念と狂気が男のなかで渦巻いているのだろう。
「がッ――ああああッ!?」
 グリーンの絶叫が響き渡る。もう、見ていられなかった。
「……リザードン! 岩なだれ!!」
 レッドの声に反応して、空に避難していたリザードンが動く。ライチュウを狙いつつ、グリーンとライチュウの間に壁をつくるように、大量の岩が落とされた。攻撃を避けきれなかったライチュウは、それだけで殆どの体力を持っていかれる。
「……そのまま、グリーンを乗せて飛んで」
 頼んだよ。そう言ってレッドは最後の気力を振り絞り、ふらりと立ち上がった。リザードンはレッドの思惑を分からないでいながらも、頷いてぐったりとしているグリーンを背中に乗せ、空へ飛ぶ。それを確認すると、レッドはずっと出さないでいた最後の一体を繰り出した。
「……お前は、この一撃で必ず倒す」
 苦しそうに荒い呼吸を繰り返しながらレッドは言う。その言葉に、男は鼻で笑った。大層なことを言うわりには、ポケモンが貧相だ。とでも言いたいのだろう。何故なら、レッドが繰り出した最後の一体はトゲピーだったのだから。
「教えてくれねェか? チャンピオン様よォ! そんなちっこいトゲピーで、一体どうやって俺のポケモンを倒すってんだァ? まだ八体いるってのによォ!」
「絶対勝つ」
 バカにする男に向かってレッドは意地を張るように言った。それから荒い息を吐いて、全てを賭けるような思いでトゲピーにたった一言命じる。
「指を振る」
 瞬間、地面が真っ二つに割れ、レッドと男、そしてそのポケモンたちが姿を消した。

「レッド……!?」
 グリーンが目を開いてなんとか首を動かし下を見たときには、もう地面は割れていてそこにレッドと男が落ちていくところだった。
 一撃必殺、地割れ。トゲピーの指を振るという非常に運任せな技で、レッドはなんと地割れを引き当てたのだ。強運なんてものじゃない。その引きの強さは最早化け物だ。自分もろとも落ちてしまっていては、意味もないが。
「バカ野郎! 死ぬつもりかよ!! おい、リザードン! あいつのところまで全速力で降りろ!」
 グリーンに言われるまでもないといった様子でリザードンは割れた地面に向かって急降下を始める。それからしばらくして、グリーンは無事にレッドを救出したのだった。



 ある程度の治療を施されたレッドはベッドに横たわっていた。その横にグリーンが腰掛けていて、祈るように手を組んで眠っているレッドを見守る。
 レッドはあれから三日間、ずっと目を覚まさないままだった。
 身体に巻かれた包帯や繋がれた点滴、マスクが与えられたダメージの大きさを物語っている。包帯が巻かれているという点についてはグリーンも同じなのだが、量が違う。更に、レッドは肋骨を二本ほど折っておりコルセットをしていた。
「…………レッド……」
 呼び掛けても、固く閉じられた瞼は開かない。
 あのあと、男がどうなったのか、グリーンは知らない。そもそも、グリーンはあの男がどういった理由でレッドを襲ったのかすら知らない。レッドに会いに来たらレッドが襲われていたから助けに入った。そうしたら、いつのまにか自分まで襲われていた。そんな状態だった。
「……クソッ」
 グリーンは思い切り握り締めた自分の右手を壁に打ち付けた。しかし大きな音がしただけで何が起こるわけでもない。レッドは、まだ目を覚まさない。

end



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -