『●あの日の復讐 前』


 シロガネ山に引きこもっているレッドには曜日の感覚がない。しかし、なんとなくグリーンが来る日は把握していた。そして、今日がその日だ。
 シロガネ山の頂上で、レッドは誰かが山に登ってくるのを感じた。なんとなく一面の白の中に動く影が見える。影は段々と頂上に近付いていた。
 グリーンか、それとも他の誰かか。自分とバトルしてくれるのだろうか。そんなことを考えて少し胸を踊らせつつ、レッドは登山者の到着を待った。
 現れたのは見知らぬ男だった。グリーンではなかったことを少し残念に思いつつ、いつバトルを申し込まれてもいいようにレッドはこっそりと準備を始めた。
「……ッ!?」
 そこで突然地面が激しく揺れた。地震だろうか。山での地震は初めての経験だ。どこかに避難しなくては――どこに避難したらいいのか? そんなことを考えつつも動揺してしまい、行動にならない。しかし避難云々については杞憂に終わった。地震はすぐにおさまったのだ。よく見れば、見知らぬ男が真っ赤なギャラドスを繰り出している。ギャラドスが放った地震だったようだ。
 それでは何故男はバトルの申し込みもなにもせず、レッドがポケモンを出していないにも関わらず技を放ったのか。もしかして、近くに野生のポケモンがいて、それと戦おうとしていたのだろうか。今度はそんなことを考える。すると、目の前が突然真っ白になった。否、真っ白になったと言うよりも、強烈な白に辺りを支配されたといった方が正しいだろう。フラッシュはなにも珍しくはない技なのだが、なかなか強烈である。特に、人に向けて放つと。
 強すぎる光のせいでレッドの視界はチカチカと点滅し、視力を一時的に完全に奪った。ようやく視力が回復してくると、レッドの目の前には男がおり、その右足が勢いよくレッドの腹めがけて飛んできていた。
「!?」
 避けることなど出来るはずもない。男の蹴りは刺さるようにしてレッドの腹に直撃した。
「ふッ……ぐ、う……ッ」
 吐き気と痛みが同時にレッドを襲う。あまりの痛みに呼吸がうまくできなくなる。
「よォ、チャンピオン様よォッ! っと……元気か? 元気だよなァ、こんなところに引き込もってんだからよォッ!」
 正しくギャハハハハと表現するに相応しい下品な笑い声をあげながら、ようやく男が喋った。喋る途中でうずくまったレッドを再び手加減なしに蹴り飛ばしている辺り、会話をする気はあまりないように思える。
「……っは、いき、なり、何を……」
 必死に痛みに耐えながらレッドは問う。その言葉に、男は顔から表情を消した。するとゾッとするほど冷たい顔つきになる。
「そうだよなァ! チャンピオン様には俺のことなんかわかんねぇよなァ! こっちはテメェのせいで……テメェのせいで!」
「ぐ、うッ」
 男の右足が再びレッドを襲う。どうしてこんなことになっているのだろうか。痛みに耐えながら、レッドはぼうっとそんなことを考えていた。
 男はかつてロケット団のしたっぱとして、本人なりに楽しい人生を送っていた。その生活はある日突然終わりを告げた。一人の少年が、ロケット団を壊滅させてしまったからだ。男はそれから、仕事もない、家もない、手持ちのポケモンもいない、そんな人生を送っていた。他人を脅したりポケモンを乱獲したり奪ったり、悪事を働くことに生き甲斐を感じていたような人間だ。ロケット団がなくなってからの人生の想像は容易いだろう。
「……っと、いけねえ。楽しいのはここからだってのに今壊しちゃいけねえよなァ! なぁ、チャンピオン様よォ、ちょっとお遊びに付き合ってくれねえか? 勿論付き合ってくれるよなァ、チャンピオン様の大好きなポケモンバトルってんだからよォ!」
「……狙いは、何?」
 ヨロヨロとレッドは立ち上がる。男を睨み付けながら問うが、一方的な暴力ではなく、バトルをするというのは幸いだと思った。油断はしていない。しかし、負ける気もしない。今までの勝利数が自信を与える。
「なァに、テメェのお得意のバトルでテメェが負けるところが見たいだけだ。やるよな? ん?」
 レッドには拒否権など無いとでも言いたげな口調だった。拒否したところで容赦ない一方的な暴力が襲いかかってくるのは分かりきっていたので、レッドは首を縦に振る。すると男は不気味なほど口角を吊り上げた。得体の知れない不安感がレッドを襲うが、もう後には引けない。
「テメェが勝ったら金輪際何もしねぇと誓ってやるよ! ただし、テメェが負けたら俺はその足でジョウトのチャンピオンになったとかいうガキを潰しにいく。いいな? ま、テメェが勝てるわけねえけどよォ!」
 ギャハハハハ、と男は笑う。その自信はどこから来ているのだろうか。不思議だ。
「……それは、勝たなきゃいけないね」
 ジョウトのチャンピオンはヒビキだ。確か、ヒビキもその後復活したロケット団を潰している。その逆恨みだろう。
「それじゃあ、さっさと始めようぜ。楽しい楽しいお遊びの時間だァ!」
「…………!」
 そう言って男が取り出したモンスターボールを見てレッドは絶句した。
 今、男が場に出しているのはギャラドスとネイティオ。その二体以外のモンスターボールを男は出したわけなのだが、その数は四をゆうに越えていた。ざっと数えても十はある。今出ている二体を合わせれば、つれているポケモンの数は十二以上。常識から外れてしまっている。
「誰かさんがポケモンに愛情を注ぐためなら六体が限度なんて言ってたけどよォ、それってつまり愛情なんか注がなければそれ以上つれてけるって事だよなァ!!」
 男はがむしゃらに持っていたモンスターボールを投げる。投げられたボール全てからポケモンが出てきた。愛情がどうとか言っていたが、それなりのレベルまでに育っていることは見てわかる。もしかしたら、不思議なアメの恩恵かもしれないが。
「それじゃ、頑張って倒してくれよ? もう既にテメェの手持ち、一体減っちまったけどハンデってことでいいよなァ?」
 その言葉にレッドはハッとした。どうして今まで気付かなかったのだろうか。こんなことがあれば直ぐに騒いでくれる相棒が、あまりにも静かだというのに。
「ピカチュウ……ッ!」
 ピカチュウはぐったりと倒れていた。目を閉じていて動く気配はない。瀕死の状態だ。最初のギャラドスの地震でかなりのダメージを負った後、ネイティオのフラッシュ、サイコキネシスで倒されてしまったのだ。
「余所見なんてしてていいのか? あァん? キュウコン、どくどくだ」
「!」
 レッドは今ポケモンを出していない。だから、どくどくの標的はレッドのポケモンにはならない。レッド自身だ。
「ふッ……う……」
 ガクリと体から力が抜ける。じわじわとポケモンの体力を奪う猛毒がこんなにキツいものだとは思ってもみなかった。
「……ッ、カメックス、リザードン、フシギバナ、カビゴン、出てきて……」
 戦うしかない。レッドは毒におかされながら、そう決心し、愛用の四体を出した。十二体を越える様々なポケモンたち。これらの弱点をつきながら、こちらの弱点をつかれないようにして戦わなければならない。しかも、毒におかされ苦痛が襲い来るなかで。これは厳しい戦いになりそうだ。レッドは覚悟を決めた。



「……っは、……リザードン、空を飛ぶ。カメックスは波乗り。フシギバナは……ッ……」
 指示を出している最中で視界がグニャリと歪みレッドは膝をついた。それを待っていたかのように、相手のハッサムやドンカラスなどが襲いかかってくる。それらからレッドを守ったのはレッドの近くで指示を待っていたカビゴンだった。
「……! カビゴン、ありがとう……ごめん……ゆっくり、休んでて」
 そう言ってレッドはレッドを守ることにより瀕死になってしまったカビゴンをモンスターボールに戻した。残りは場に出ている三体と、未だモンスターボールのなかで眠っている一体。対して相手の数はやっと八まで減ってきたところ。まだまだ先は長い。
「ハハハハハ!! 流石はチャンピオン様だよなァ! 倍以上いたってのにもう八体まで減らしてやがる! けど、そろそろ限界みたいだなァ、オイ! チャンピオン様も随分と辛そうじゃねェの!」
 状況をみて、とても愉快そうに笑う男。勝ちを確信したのだろう。自分は八で、相手は四。しかもそのうち三体は大分消耗してしまっている。
「……チッ、無視かよつまんねー奴! まあ、いいさ……これからが本番だからなァ!!」
 言葉を返す気力もないレッドに男は苛立ちを隠そうともしない。そして彼は、近くにいたギャラドスに命じた。
「暴れろ、ギャラドス」



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