「……二徹なんてするんじゃなかった」
寝不足が行き過ぎて最早眠くなくなってきた自分に不安を覚えながらグリーンは呟いた。体調はよろしくない。頭はズキズキと痛むし、身体は驚くほど重い。眠気は消失してしまっているが、でもきっと今ベッドにダイブしたら直ぐに眠ることができるだろう。
そんなコンディションにも関わらず、グリーンはバトルをすべくグリーンジムの定位置に立っていた。こんな日に限って約束があるのだ。タイミングが悪い。
「よお、来たか」
「お邪魔しまーす!」
ジムの仕掛けをあっさり解いてやってきたのはコトネ。彼女こそが約束の相手である。
約束、と言っても勿論デート等ではない。
「言っとくけど、俺は手加減しねーからな」
「わかってますよー。手心を加えてほしいとも思ってません!」
それじゃあ始めましょう。というコトネの言葉を合図に二人はモンスターボールを投げた。ポケモンバトルのスタートだ。
「いけ! ドククラゲ!」
「ドククラゲか……部が悪いな」
コトネが繰り出したドククラゲを見てグリーンは苦々しい表情をした。それもそのはず。グリーンが場に出したのはウインディなのだから。
「ふふふ、後悔先に立たず、です! ドククラゲ、アシッドボム!」
アシッドボムは威力こそ低いものの追加効果が優秀だ。詰まれたら厄介な技である。命中率も高く、外れることはまずない。
しかし、なんということだろうか。ウインディはそれを避けるしぐさを見せたのだ。そして、回避は成功した。それを見てコトネが「なんでー!?」と悲鳴をあげようとした。だがそれどころではなかった。
「グリーンさんッ!」
「――え?」
気付いたときには時既に遅く、アシッドボムがグリーンを直撃した。
攻撃を当ててしまったドククラゲはおろおろし、自分が避けたことでグリーンに流れ弾をいかせてしまったウインディも慌てている。コトネは直ぐにグリーンの元へ駆け寄りグリーンの安否を確認した。
「だ、大丈夫ですか!?」
「いってぇ……けど、まあ大丈夫だ」
身体を起こしながら少し恥ずかしそうにグリーンは笑ってみせた。見たところ怪我はなさそうだ。
「悪い、ちょっとぼさっとしてた。大丈夫だからバトル再開しようぜ」
「もー、ちゃんと見ててくださいよー! ビックリしたんですからね!」
ぷりぷりと怒りながらコトネはもといた場所まで戻り、改めて向かい合うと直ぐにバトルは再開した。
異変に気づいたのは互いの手持ちを二体ずつ倒した後だった。
「……っは」
バトルの内容は激しいものであるが、グリーンやコトネが激しい動きをしているわけではない。動くのはポケモンたちだ。それなのに、グリーンの呼吸は荒くなっていた。
息苦しい。胸が痛い。
一つの症状を自覚すると、連鎖反応を起こし他の症状も自覚するようになる。気付けば、グリーンはとてつもない疲労感に襲われていた。びっしょりと汗もかいている。
時間がたつにつれ、疲労感は大きくなっていった。息苦しさも、胸の痛みも増し、呼吸はどんどん荒くなっていく。
そのことをコトネに正直に告げ、途中でもバトルをやめるべきなのかもしれないとグリーンは分かっていたが、心配をかけまいという思いとプライドがそれをさせなかった。そして、無理をしてでも平然を装い勝負がつくまでバトルを続けるという選択をさせたのだった。
幸いなことにと言うべきか、コトネはグリーンの異変に気付いていないようだ。コトネに気づかれてしまう前に、こうなった原因を探り見つけることができれば何とかすることができるだろう。胸の辺りをおさえたいのを我慢しながらグリーンはそう考えていた。
「グリーンさん……あの、怒ってます?」
「え? なんで?」
「だって、さっきから全然楽しそうじゃないから……」
困ったように言うコトネを見て、グリーンはしまったと感じた。身体の異常に必死になりすぎて、平然を装ったつもりが怒ったような顔になってしまっていたらしい。グリーンは慌てて笑顔を繕う。
「さっきのアシッドボムのこと怒ってます……? グリーンさんが避けなかったのも悪いんですけど、当てちゃったのは私ですし……」
「避けなかった俺が悪いのは確定なのな」
二人は顔を見合わせて笑った。その裏で、グリーンはぴんときた。
(アシッドボム……毒状態か!)
心のなかで忌々しげに呟く。手元には毒消しも、モモンの実も無い(そもそも人間にも効くのかわからないが)。治すにはポケセン等で治療してもらうしか無いだろう。
グリーンの予想が正しければ、グリーンに直撃したドククラゲのアシッドボム。あれがグリーンを毒状態に至らしめたものである。
本来であればアシッドボムには毒状態を付与するという効果はないが、それはポケモン同士の話である。ポケモンは人間よりも強い。そして、人間にはそもそも耐性がない。ポケモンでは有り得ないことが人間相手では起きてしまう……なんてことは、仕方のない話なのだ。しかも、今のグリーンは徹夜で弱っている状態である。通常よりも更に何かが起きやすいということが容易にわかる。
「……ッ、やべ……」
小さく、呻くように言ってグリーンは右手で顔を覆った。目の奥が割れるように痛む。視界がたまにグニャリと歪んで、地面が柔らかいものであるような錯覚を覚え始めていた。そろそろ限界だ。
ポタリ、ポタリと汗が垂れる。呼吸が上手くできなくなり、喘ぐように酸素を求める。酸素が足りない。過呼吸になりそうだ。
「……? グリーンさん?」
グリーンの異変にとうとう気付いてしまったらしく、コトネが心配そうに声をかける。
だが、時すでに遅し。
コトネの声はグリーンには届かなかった。
コトネの声が届く前に、グリーンの視界は赤や黒や白に染まり点滅し、だんだん狭くなっていった。そして、視界が完全に閉じられた頃、同時にグリーンの意識も途切れてしまったのである。
「グリーンさんッ!!」
コトネの悲鳴がジムの中に響いた。
◇
「ほんっとうに心配したんですからね!」
目が覚めるとグリーンは一番にコトネの説教を受けた。
どうやらグリーンはあのあと三日ほど眠り続けてしまったらしい。そのことを聞いた後、コトネの真っ赤に腫れた目を見てグリーンは申し訳ない気持ちで一杯になった。
「とりあえずグリーンさんはこれから暫くは十時に寝てください! 夜更かしなんてさせません!」
「おいおい、俺はガキか」
「ガキですよ! 見栄はって倒れるまで無理するんですもん!」
「う……」
反論できない。そもそもの徹夜も見栄を張った結果であるから余計に。
「いいですか、グリーンさん――」
まだまだ続きそうな説教を聞き流しつつ、グリーンはこっそりため息をついた。そして、これからは無理をしすぎないようにしようと心に誓うのだった。それが守られるかどうかは別の話だが。
end