『△節分の季節ですね』


「グリーンさん! 勝負です!」
「お、おう!」
 毎日の日課となりつつあるコトネとのポケモンバトル。ジムに乗り込みいつも通りモンスターボールを投げるコトネに俺は困惑していた。
――何故なら。

「いけ! タネボー!」

 繰り出されたのはレベルが十四にも満たないタネボー。俺の手持ちのレベルを知っているならばあり得ないチョイスだ。俺のウインディも、目の前に現れた可愛らしいタネボーに困惑しているようだ。
 さて、コトネの奴は一体何を企んでいるのだろうか。タネボーが気合いの襷でも持っていない限り、俺のウインディは一撃でタネボーを倒すことができるだろう。もし、ここでコトネが出したのがムックルだったならば、俺のウインディが倒されてしまうという可能性も考えたのだが、あの戦法はタネボーでは出来ないだろう。そして、あの戦法を使えないのならばこのレベル差ではタネボーはウインディを倒すことが出来ないだろう。
「ウインディ、しんそくだ」
 どう動くべきか少しだけ悩んだが、結局俺は素直にコトネを倒すことにした。それがコトネの狙い通りなのだとしたら、仕方ない。大人しく引っ掛かってやろう。
「おっと、気合いの襷か」
「はい。これで一度だけ反撃させてもらいますよ――タネボー、タネマシンガン!!」
 そう言って、HPを一だけ残したタネボーにコトネは命じる。タネボーは最後の力を振り絞ってウインディにタネマシンガンを撃つ。ペチペチペチ、と軽い音がした。ついでに流れ弾が俺に当たった。地味に痛い。勿論、ウインディには効果は今一つだ。炎タイプのウインディに草タイプの技が効くわけがない。
「……ウインディ、しんそく」
 どうしたらいいのか分からない顔を俺に向けてくるウインディに俺はそう命じた。そんな顔をしないでくれ。俺にだってどうしたらいいか分からない。
 コトネのタネボーは倒れ、コトネは次のポケモンを繰り出す。

「いけ! タネボー!!」
「……マジかよ」

 次のポケモンも、次の次のポケモンもタネボーだった。というか、コトネの手持ちは全てタネボーだった。
 そして、タネボー軍団はタネマシンガンしか繰り出さず、ウインディのHPをほとんど削れないまま沈んでいったのだった。
 俺はそんなバトルを勿論楽しめるはずもなく、タネマシンガンの流れ弾を食らってただただ地味に痛い思いをするだけだった。
「……何がしたかったんだ、アイツ」
 バトルが終わるとコトネはさっさと出ていってしまった。手元に戦えるポケモンがいないからそうしたのだろうが、それにしたって少しぐらい説明があったっていいだろう。勝つ気がゼロの状態でバトルを挑んだ理由くらい言うべきだろう。

「グリーンさん、バトルしてください!」
「おー、ヒビキか。いいぜ」
 数時間後。今度はヒビキがやって来た。こいつとのバトルも日課になりつつある。毎日毎日、こいつは違うパーティーで挑んでくるから中々面白い。さて、今日はどんなパーティーで来るのだろうか。
 コトネとのバトルで落ちていた気分が上がっていく。が、それはまた直ぐに落とされた。
「いけ! ニャース!」
「…………」
 元気よく鳴きながらボールから出てきたのはニャース。ちなみにレベルは十二。勝つことを前提としていない選択だ。
「ニャース、猫に小判!」
 ニャースはコトネのタネボー軍団と同じく気合いの襷を持っており、HPを一だけ残すと猫に小判を繰り出してくる。そして、コトネと同じくニャースが倒れると次に繰り出されるのはニャース。次の次のポケモンもニャース。六体全部がニャース。そして全員猫に小判を一回だけ繰り出し、次のターンでウインディに倒される。そんな、作業のようなバトル。
 俺は当然バトルを楽しめず、そしてまた、今度は散らばる小銭が流れ弾として当たり痛い思いをする。心の奥底に、黒い何かが溜まっていくのを感じた。
 バトルが終わると、コトネ同様ヒビキはさっさとジムから出ていきポケモンセンターへ向かって走り出す。俺に、なんの言葉もなく。
「……今ならお前の気持ちがわかるかもな」

 気が付くと俺はジムを飛び出しある場所へ向かっていた。



「……そう。それでここに来たんだ」
 俺の話を聞き終えると、レッドはそう言ってため息をついた。
 シロガネヤマ山頂。吹雪いていて相変わらず寒い。長居してたら死にそうだ。こいつはよくこんなところに居座り続けられるな。ある意味で尊敬してしまう。
「……まったく、失敗してやんの」
「今なんつった?」
「……なんでもない」
 そんなことより、とレッドは話を切り替える。そして、「……するんでしょ? バトル」とモンスターボールを俺に向けて言う。
「むしろそれ以外に何があるんだよ」
 俺はそう言ってウインディを繰り出した。
 コトネ、ヒビキとの勝負で俺もウインディも不完全燃焼気味だ。思い切り暴れさせてもらおう。レッドが相手なら、バトルが作業化することはない。
 その筈だったのに。

「……行け、ポッポ」

 レッドが繰り出したのはいつものパーティーではなくマサラだかトキワだかで捕まえたばかりであろうレベルのポッポ。俺はそれを見た瞬間声をあらげていた。
「ざっけんな、テメェもかよ! レッド! やる気あんのか!」
 正直言って失望した。なんだよ、どいつもこいつも。俺とは真面目にバトルなんかしたくないと言うのか。俺なんかとはやりたくないと。
「……お怒りのところ悪いけど――」いつもと変わらぬ表情でレッドは言う。「――簡単に倒せると思わないでくれる?」
 ぞくり、と背筋に寒気がはしった。レッドから謎のプレッシャーが発せられているような気がする。出しているのは7レベのポッポなのに。
「このレベル差で何言ってんだ! ウインディ、ワイルドボル――」
「……ポッポ、砂かけ」
「なッ!?」
 信じられない現象が起こった。俺は夢でも見ているのだろうか。まさか、俺のウインディがポッポに素早さで負けるだなんて。
 砂かけによって命中率を下げられたウインディはワイルドボルトを外した。霰の効果によってポッポもウインディもダメージを受けるが、十六分の一ではまだ大したことはない。
「……言ったでしょ、簡単に倒せると思わないでくれる? って」
 少しだけ怒ったようにレッドは言った。
「言った……けど、まさかポッポがウインディを抜くなんて思わないだろ」
「……先制の爪。知らないの?」
 なるほど、と思わず納得してしまった。それならポッポがウインディを抜くことができる。あまり確率は高くないが。
「……まだまだいくよ。ポッポ、砂かけ」
「はあ!? どんだけ先制するんだよ! ……って冷たァッ!?」
 レッドの先制の爪の確率はどうなってやがる。お陰でウインディのワイルドボルトはまた外れた。というか冷たい。砂かけの流れ弾が俺に当たった。またかよ。しかも、この辺は雪が積もっているせいで砂ではなくほとんど雪だったし。
 その後もポッポが先制し続け、ウインディはワイルドボルトを外し続けた。確率の暴力が俺に振るわれていた。信じらんねぇ。そして霰によってHPをガリガリと削られ、最後はポッポの電光石火でウインディは倒された。本当に信じらんねぇ。なんつー戦い方をしやがるんだ、こいつは。
 余談だが、ポッポの砂かけ被害に遭い続けた俺はウインディが倒される頃には雪まみれになっていた。ポケモンバトルをしながら俺だけ雪合戦でフルボッコにされた人みたいになっている。寒い。すごく寒い。風邪を引いてしまいそうだ。

「……コトネの思い付きに乗ったんだ」
 バトルが終わるとレッドはそう言った。少し申し訳なさそうに言うこいつは珍しい。
「コトネの思い付き?」
「……そう。『節分だからそれっぽいことをバトルでしてグリーンの反応を見て楽しもう』って」
「……なんだそりゃ」
 随分と雑などっきりだ。どうせならタネマシンガン一斉放射とかにすればよかったのに。いや、やっぱり痛いから嫌だ。
「……だから、別にグリーンとバトルする気がなかった訳じゃ、ない」
 そっぽを向いて早口でレッドは言った。照れ隠しだろう。俺も恥ずかしい。なんだこれ。

「鬼はぁぁぁぁ外ぉぉぉぉ!」
「ギャァァァァッ!?」
 なんだかよくわからない空気が流れ出してどうしたらいいのか分からなくなっていた所へ突然襲撃された。種っぽいものがひたすら発射されてすごく痛い。
「節分ですよグリーンさん! ハッピータネマシンガン!」
 突然のタネマシンガンテロを行ったタネリストことコトネはやけに高いテンションでそう言った。その後ろには「これはバレンタインのモテ男に対する恨み!」とかよくわからないことを言いながら雪玉を投げるヒビキがいる(当然雪玉は俺に向けられている)。
 ああもう、なんだこれ。


終われ。



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