『鬼ごっこ』


 ハロウィンが終わった十一月。お祭り騒ぎだったイッシュ地方は普段の落ち着きを取り戻していた、筈だったのだが。
「? ……あれは……?」
 ライモンシティにいたトウヤは遠くに見える何かを見てポツリと呟いた。目を細めて見ると、ギリギリ土煙が見えた。デザートリゾートとは逆方向であるため、他のことが原因になる。バトルが繰り広げられていて、それの砂嵐が原因かとも思ったが、それは着実に近付いていた。
 少しすると、それはどうやら誰かが猛スピードで走っているからだと分かった。しかも、それはトウヤの見知った人物だった。
「……グリーンさん、と、チェレン?」
 ホドモエにPWTが出来て以来、グリーンとは何度もバトルを繰り広げた。チェレンは幼なじみであるため勿論その強さをいやというほど知っている。そんな二人が、どうしてあんな全力で走っているのだろうか。近づくにつれ、二人が必死の形相であることがわかってくる。

「トウヤも速くッ……!」
「え、ちょっと、チェレン!?」
「いいから走れ!」
「なんでですか!?」
 とうとうトウヤにたどり着いた二人は、トウヤを無理矢理引きずっていく。こんなことで怪我をするのは嫌だったため、仕方なくトウヤも走ることにした。
「それで、理由は……」
「そんなもん後だ! 今はとにかく走れ!!」
 グリーンはそう言うと走るスピードを上げた。チェレンはそれに嫌そうな顔をするが、なんとかついていく。さっき走り始めたトウヤにはまだまだ余裕があったが、それにしてもグリーンはどこにそんな体力があるのかと疑問に思うほどのスピードを出していった。

 三人は一先ず観覧車に飛び乗った。本来は二人乗りだが、グリーンが説得して三人で入ることができた。
「これで、撒けるといいんだけど、な……」
「撒けますかね……」
 荒くなった息を整えながら二人は言う。トウヤがキョトンとしていると、グリーンがようやく理由を言った。
「十一月だからブラックサンタがいるんだ……」
「いや、意味が解らないです」
 十一月だからという時点でわからない。そこにブラックサンタを付け加えたらもうどうしていいのか分からなかった。
 しかしチェレンに救いの手を求めても「ブラックサンタ……っていうか、ブラッディサンタがいるんだ」としか答えてくれなかった。余計分からなくなった。しかも不穏な空気が増している。
 結局二人が詳しいことを言わぬまま観覧車を降りることになった。結局逃げていた意味はわからないままだ。しかし、観覧車を降りてからは二人は走り出そうとしないのだし、もう解決したのだろう。トウヤはそう考えた。
「……流石に諦めてくれたみたいだな」
 ジョインアベニューを抜けると後ろを気にしながらグリーンが言った。諦めたのは勿論ブラックサンタまたはブラッディサンタだろう。
 そのまま歩いていると、トウヤは視界の端にいた見覚えのある人物に気が付いた。それはどんな季節でも半袖で、常に赤いキャップを身につけピカチュウをつれている男。
「やっぱり。レッドさんだ」
「「…………ゑ?」」
 グリーンとチェレンの足がそこでピタリと止まった。『エ』の発音がおかしくなってしまっている。それに疑問を抱いたトウヤが後ろを向くと、グリーンとチェレンの顔が青ざめていることに気が付いた。
「……みーつけた」
 ゆらりと赤色が揺れる。その顔は珍しくにっこりと笑っていた。どうしてか、トウヤはその笑顔にゾクリとした。
「……トウヤもいるね。それじゃあ、三人ともバトル、」
「死ぬ気で走れェェェェッ!!」
 レッドが言い終わる前にグリーンが叫び、三人は走り出した。
「いいか、アイツに捕まったら最後、無一文になると思え! ブリーダーの皆さんはとっくにギブアップしたからな!」
「どんだけ搾り取ったんです!?」
「いいかい、トウヤ。あれがブラッディサンタだよ」
 ようやく全てを理解したトウヤは、グリーンの言う通り死ぬ気で走った。ブリーダーの皆さんがギブアップした危険人物が手におえるはずがないのだ。

 しばらく無言で走っていると、チェレンが口を開いた。
「悲報です……。トウコが参戦しました……」
 その声はとても悲痛なものだった。トウヤも絶望的な顔をする。
「あ、諦めるな! まだ捕まったわけじゃ……」
「あの、二人が急に立ち止まったんですけど」
「っえ?」
 確かに後ろから聞こえてくる恐ろしい足音は消えていた。どうしたのか気になって三人が少しだけ振り返って、二人の様子を見てみる。
 レッドはロコン、トウコはイーブイを抱き抱えていた。
「あいつら、ついでに孵化の歩数稼いでやがる……ッ!!」
 目的を一瞬で見抜いたグリーンは「どんだけ強くなるつもりだよ畜生!」と言って走る速度をあげていってしまった。それにトウヤとチェレンはついていけず、残されてしまう。
 その後、二人がどうなったのか。それは誰も知らない。



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