僕ことレッドは三週間ぶりにシロガネヤマを下りてカントーを巡っていた。山にこもっていたせいで日付の感覚がない。今日は何日だろう。十月だというのは確かだ。
マサラに帰ると、遭遇したときにグリーンが五月蝿いからそっちにいくのはやめている。最近あいつは口うるさくなった気がする。オカンか。昔は散々痛い発言をしていたというのに。
なんて、そんなことを思いながら歩いているとチラホラ人影が見えてくる。きっとバトルを仕掛けてくるはずだ。というか、それを期待して降りてきたんだからバトルをしてくれないと困る。何のために下山したんだか。
結局、バトルが物足りないとかなんとか言ってもバトルが好きなわけで。シロガネヤマにこもっていたら挑戦者が少なすぎて不満なわけで。新たにポケモンを育てるのも好きだし、新種を見つけたら心踊るし。……うん、僕はやっぱり冒険をしているべきなんじゃないかな。
「…………うん?」
通行人を待ち構えるトレーナーの視界に入ってバトルの誘いを受けようとしたところで、僕はそんなすっとんきょうな声をあげた。
いつもは動きやすい格好をしているはずのトレーナーが何故かごてごてに化粧をしている。化粧というか最早ホラーだ。なんだあれ、ゾンビ?
よく見ると、周りの他のトレーナー達も普通ではない格好をしていた。マントに身を包んでいたり、黒い尻尾がついた水色の全身タイツを着ていたり、シーツを被っていたり……。
「……なにこれ、仮装大会?」
正直な話、シュールすぎて近付きたくない。格好に気をとられてバトルに集中出来なさそうだし。なんか怖いし。
幸いにもゾンビっぽい人は僕に気づいていないらしくバトルを仕掛けてこない。こっちに気づいてしまう前に僕はこの場を立ち去ることにした。
◇
「…………どうしたカントー地方……」
カントー地方を大体回ったのだが、どこもトレーナーがみんな仮装をしていた。トレーナーだけではない、各町の住民、更にはジョーイさんまでもが仮装をしていた。なんだこの大規模な仮装大会は。あんな楽しそうなシオンタウンは見たくなかった……。
まともな人を求めて僕はとうとうトキワシティに来ていた。ジムにいかなければ大丈夫なはずだ。
「よう、レッド!」
「……大丈夫な、はず……」
全然大丈夫じゃなかった。速攻で見つかった。十歳の頃にも思ったけれど、グリーンは少し僕を見つけるのが早すぎるのではないだろうか。すぐに来るぞ、あいつ。
「…………グリー……ぶふうッ!?」
見つかってしまっては仕方ない。観念して声をかけられた方向、つまり後ろを向いたら吹き出した。グリーンが視界に入った瞬間耐えきれなかった。
鼻メガネ、シルクハット、白の全身タイツに黒いマント。もう、なにを目指しているのか分からない。何をしたいのかも分からない。痛い発言をしてカッコつけていたあいつはどこへ消えた。
「よっしゃ、大成功だぜ!」
鼻メガネを外しながら満足そうにグリーンは言う。その顔は少しだけ赤かった。恥ずかしいならやらなきゃいいのに。むしろなんでやった。
「…………」
「い、いやぁ、な? そろそろハロウィンじゃん? で、いつも俺はお前にやられてばっかだから仕返ししてやろうと思ったんだよ。ジムリーダーとか元チャンピオンとかじいさんの孫とかそういう肩書きを使ってカントー地方全体に呼び掛けてだな……まあ、壮大などっきりみたいな。た、楽しかっただろ?」
冷たい視線を投げ掛けると慌ててグリーンが解説を始めた。ご苦労。でも僕は別に解説を求めてはいない。ついでにそんなに楽しくはなかった。
でも、思わず吹き出してしまった事実は消せない。多分グリーンのことだから何を言っても「でもお前笑ってただろ?」とか言うに決まってる。どや顔で。それは非常に腹立たしい。出来ればそんなことにはならないようにしたい。ならどうするか、やられる前にやるしかないだろう。どうせだったらやられた分やり返してやろう。倍返しなんてケチらないで十倍ぐらいで。
「……トリック・オア・トリート」
「うん? なんだよ、急に。菓子なんて持ってないぞ」
「……大丈夫。お菓子なんて要らない」
「じゃあ悪戯か?」とグリーンは笑いながら言う。残念ながらそっちでもない。
できる限り笑顔になって、僕はトリック・オア・トリートを分かりやすく言うことにした。
「……所持金全額巻き上げられるか、ドーピング各種を百個ずつ僕に捧げるか、どっちがいい?」
ちなみにどっちも無しなんて選択肢は与えない。逃げようとしたらバトルを無理矢理仕掛けて金を巻き上げる。お守り小判はすでに装備してある。抜かりはない。
そんな僕の思考を悟ったのか、グリーンの顔がひきつった。ひきつりすぎてすごいことになった。
……トリック・オア・トリート?