『●雨の日』


 雨はやる気を根こそぎ奪っていく天気だと思う。少なくとも、俺にとってはそうだ。出掛ける気力も皆無になって、自分の部屋に閉じ籠っている。トキワのジムにいくのも億劫になる。今日はジムを開けないことにしよう。雨が悪いんだ、雨が。
「……それで、だ」
 現実逃避をするように窓の外を見ていたがそれをやめて部屋に目を向ける。
「……何? そんなことよりもストライクが出てこないんだけど。どうすればいいの、グリーン」
「……なんでお前が俺の部屋にいるんだよ……」
 力のない呟きになってしまった。まあ、無理もない……と、思いたい。
 俺の部屋に何故か絶賛山籠り中の筈のレッドがいた。そして何故かポケモンスナップなんて懐かしいゲームを引っ張り出して、N64のコントローラーを握りしめてBボタンを連打していた。

 ポケモンスナップは、ポケモンの写真を撮って高得点を狙うゲームだ。一見簡単そうなのだが、これが以外と難しく、一部のポケモンは撮ることすら出来ない。
「上手く当たってないだけだろ……ほら、頑張れよ」
「……本当にこの草むらにストライクいるの?」
「いやいや、なかなかストライクが出ねえからって俺を疑うなよ。本当だって。で、ストライクを二体出せば確か切り株のところにピカチュウが……」
「よし、一体出た」
「ピカチュウがお前のスイッチになってることはよくわかった」
 もう一体のストライクを出せずに苦戦する親友を見ながらため息をついた。気が散ると怒られた。理不尽だと思いながらもグッと堪えられる俺は中々大人だと思う。そう自画自賛していないとやっていけない。……こともないけど。

「……で?」
 写真の評価が始まったところで俺は改めてレッドにここにいる訳を聞いた。
「……雨の日は誰かの家に出掛けたくなるよね」
「……なんだ、俺はお前にカブでも投げればいいのか?」
 確かに、記憶喪失で腹を空かせている奴にクワとジョウロを渡して農作業を薦めそうだが。……いや、こいつの場合はポケモンとモンスターボールでバトルか。どちらにせよ、記憶喪失の相手にすることではない。鬼畜過ぎる。
「……カブよりも食べ残しがいい」
「誰がそんな面倒な道具を渡すか。俺が欲しいわ」
「……おまもりこばん」
「どんだけ金を巻き上げるつもりだ」
「……幸せたまご」
「もう経験値は十分だろ……」
 レッドがおまもりこばんを持った日には、トレーナーの金欠病がパンデミックとなるだろう。元チャンピオンでシロガネヤマ引きこもりは伊達ではない。
「……で、グリーン。ラプラスがちっちゃいんだけど」
 意識をゲームに戻すと、レッドはラプラスがうっすらと写っている写真を指差して不満げに言った。これではオーキド博士(ゲーム内)の評価が低い。
「あー、それなー。ラプラスはずっと撮り続ければ段々でかくなってくぜ」
「……ずっと?」
「ああ、ずっとだ。たまに途切れるけど、右側はずっと海だろ? ラプラスが出る度に連写すれば、ラプラスが近寄ってくれるんだよ」
「……フィルム使いきっていいの?」
「勿論。このゲーム、一周につき一種類のポケモンを狙うつもりでいねえと中々高得点が出ねえんだよ」
 俺のアドバイスを聞くと、レッドは再び『ビーチ』を選択して、何周目になるか分からないステージを進む。俺は『ビーチ』よりも『どうくつ』か『けいこく』の方が好きだけど……我慢しよう。気がすんだらその内違うステージへ進む筈だから。
 気分を憂鬱にさせる雨の音を聞きながら、俺はレッドのプレイをボーッと見続けた。



「……当たった!!」
「気を抜くな、こっからが速いんだ!」
 ……まあ、ゲームというものは熱中してしまう。俺とレッドは『にじのくも』のミュウを相手に白熱していた。幻のポケモンは、ゲームの中でも難易度が高く設定されている。フリーザやサンダーなどの伝説ポケモンとは壁がある気がする。
 ミュウは、最初は緑色の球体の中にいる。それが正面からやってきて画面から消えてしまう前に、リンゴかイヤイヤボール(という謎のボール)をぶつけなければならない。それを三回繰り返すと、球体の色が緑から黄色へ変わる。黄色に変わっても、やることは緑のときと同じなのだが、ミュウが速くてなかなか命中しない。だが、それを三回繰り返せばミュウが球体から出てきて撮影可能となる。
「逆だったぁぁぁぁ……!」
 珍しくレッドが大声を出して凹んだ。ショックだったらしい。まあ、無理もない。
 球体から出てきたミュウは後ろから前に進み消えていくため、自分の右側を通るのか左側を通るのか、勘に頼るしかない。しかし、この勘がことごとく外れるのだ。俺は一度も当たったことがない。
「……はあ、駄目だった……」
 タイムアップになったところで、レッドはずっと握っていたコントローラを置いた。
「ん? 帰るのか?」
 時計を見てみたら十八時を回っていた。シロガネヤマに戻るとしたら、もうそろそろ動き始めた方がいい。夜の山は危険だ。
「……いや、帰らないけど」
 なんで? と、言いたげな目で見つめ返されてしまった。いや、なんでと言われても。
「シロガネヤマに戻らないのか?」
「今日はいかない」
 ふうん、めずらしいこともあるもんだ。やっと、ホームシックになったのだろうか。
「今日はここに泊まる。……許可はもらった」
「……は?」
 俺は耳を疑った。今、こいつは何て言った? 泊まる? はぁ?
「いやいやいや、レッド。いや、レッドさん。シロガネヤマに戻らないのはいいけど何で家にも帰らねえんだよ」
 別に泊まられることがいやという訳ではない。むしろ万々歳だ。しかし、帰る家があるのだから、家に帰るべきだと思う。散々心配をかけているのだし。
「……家、開いてない」
「HA?」
「……鍵、かかってる。留守っぽい」
「…………」
 それなら仕方ないか。と、頑張って自分を納得させることにした。なるほど、そういえばレッドの親だ。

「……ところで、なんで今日はシロガネヤマには行かないんだ? やっぱりホームシック……」
「違う」
 ちょっと笑いながら聞いてみたら強い口調で否定された。じゃあ、なんだというんだ。
「……土砂崩れ、やばい」
「土砂崩れ?」
「……うん。雨で地盤が緩んで」
「…………」

 窓の外を見る。相変わらず、俺の気分を憂鬱にさせるどしゃ降りの雨が降っていた。さっきまではこの音で気が滅入っていた。だけど、何故か今はこの雨を嬉しく感じていた。


えんど



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