『●Happy Halloween』


10月31日。世間的にはハロウィンだ。
そんな日に俺は、久しぶりの風邪を引いて寝込んでいた。
体温計が鳴り、確認してみると40℃近くの体温が表示されていた。どおりで身体は熱いし全身が怠いわけだ。
体には気を使っていた筈なんだけどな…。
体温が分かった事により更に怠さが増す。病は気からとはよく言ったものだ。起こしていた体を重力に身を任せるように倒した。寝ている方がやっぱり楽だ。当たり前か。

俺が風邪を引いた原因をあげるとするならば恐らく、シロガネヤマの吹雪の中、雪まみれになりながらあいつを捜していたからだろう。コトネが消えたなんて言うからいけないんだ…。冷静さを欠いていた自分もどうかとは思うが。
あいつは結局洞窟の中にいた。コトネ達の目の前から消えたのは、転けたかららしい。それを聞いた瞬間脱力すらした。…ったく、相変わらずすぎる。
今思えばあれが、あいつがチャンピオンの座を捨ててから初めての再会だった。色々話したいことはあったが、何一つ言えなかった。それだけ、あいつの存在は俺にとって思いのほかデカかったのだろう。

うわなんだこれ恥ずかしい。
俺は何故こんな冷静に自己分析をしているんだ。しかも考えてることをよくよく思い返してみたらメチャクチャ恥ずかしいじゃねぇか。…日記をつけるようなマメな性格をしていなくて良かった…。
そんな事を思いながらも頭の中では冷静な自己分析が続く。

…思うだけなら誰にも露見はしない。諦めて自己分析しよう。寝付けないし。

諦めた。
いつしかのライバル意識はどこへやら、今じゃ親友意識しかない。
あいつがチャンピオンになった時か…或いは失踪した時か…俺はあいつのライバルになれないと認めたんだろうな。バトルに勝てないし。あいつ強すぎるし。レベルを上げてごり押ししてくるし。手持ちが明らかに俺の弱点ばっかりついてるし。
お前はエスパーかと、突っ込みたくなったのは言うまでもない。都合よく弱点をつけるはず無いのにな。
ああ…考えてたら悲しくなってきた。
不意打ちでバトルを仕掛ける度に返り討ちにあってるからな…。一回くらい勝たせてくれよ…。
そんな泣き言を言ったところであいつには届かない。もしかしたら、もう俺とあいつがバトルする機会は無いのかもしれない。
それはそれで、酷く寂しい話だ。

『ピーンポーン…』

突然インターホンが鳴った。しかし俺は客人に風邪菌を振りまくわけにもいかないし、そもそもベッドから動く気力もない。
仕方ない、居留守だ。
訪ねてきた奴には悪いが諦めてくれ。丁度今俺しか居ないのが運の尽きだ。
そんなことを考えながら居留守を使っていると、なにやら会話が聞こえてきた。
「ヒビキ君、グリーンさんの家ってここだよね?」
「そのはずだけど誰も居ないみたいだね…ん、鍵は開いてるみたいだよ?」
「本当だ…グリーンさんの靴もあるよ?」
「ってことは中に居るんじゃないかな?入ってみようか!」

ヒビキとコトネが不法侵入をしようとしていた。というか多分中に入った。たった今犯罪が生まれた。
参ったな…菓子をねだられても何も渡せない。怠すぎて動けないのだし。
そうなると俺は必然的に悪戯を選ばなければならないわけだけど、あの二人なら…………
「この状態でバトルはきっついぞ…?」
というかバトルを出来る気がしない。困った絶体絶命的なピンチだ。
何かファンタジーな力で風邪にサヨナラバイビー出来たらいいのに。

「どーんッ!!あ、グリーンさん!!こんにちはッ!」
一々☆がつきそうなテンションでコトネが俺の部屋に入ってきた。元気とか羨ましい。健康って大切。
「あれー?グリーンさん風邪ですかー?健康には気をつけないとダメですよ。」
コトネに続いてヒビキも部屋に入る。くっ…こいつらも一緒にシロガネヤマに行ったのになんで健康なんだ…!!そうか、バカなのか?バカだから風邪を引かないのか?
「なんかグリーンさんアタシ達に対して失礼なこと考えてません?」
「い゛っ…こほん、いや、そんな事はねえよ?」
「うっわ…グリーンさんかなり声ヤバいですよ?あ、のど飴いります?」
勘が鋭いコトネに冷や汗をかきつつもヒビキののど飴を首を振って断る。
一応2人が居るから起き上がったのだが…怠い。倒れたい。

「こんな状態だからトリックオアトリートとか言われても俺はなにも出来ないぞ?」
身体を倒れないよう支えながら2人に釘を刺しておく。
「じゃあ、アタシ達が好きに悪戯してもいいですか!?」
目を輝かせながらコトネが言った。ダメだこいつもうやる気満々だ。嫌な予感しかしないのに拒否権がない。
…諦めよう。
俺は黙って頷いた。

「やったねコトネちゃん!!じゃあ、僕達準備して来るんでグリーンさんは寝ててください。」
「行こう、ヒビキ君!!」
ドタドタと音を立てながら2人は家から出て行った。まったく騒がしい…。
それにしても2人は何をするつもりなのだろうか。
そう思いながら再びベッドに体を預ける。
すると自然に睡魔が襲い、俺は眠りにつきはじめた…。


物音がして目覚めた。すると目の前にはよく知った顔が近いところにあった。
「レッド!?」
シロガネヤマに居るはずのレッドが何を考えているのか分からない表情で俺をのぞき込んでいた。
レッドは相変わらず無口で何も言わない。何しに来たんだこいつ…。
ずっと見つめ合うのもあれで、俺達は目線を逸らした。今の俺の視界には天井しか映っていない。

―と、不意に何か柔らかいものが俺の頬に当たった。
横を見ると凄く近くにあったレッドの顔が離れていくところで。
柔らかい何かはレッドの唇だった。
つまりレッドは俺の頬にキスをしたと言うわけで。…はい!?キス!?レッドが!?
今世紀最大のパニックが訪れた。
顔が更に熱を持ったのが分かる。あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!なんなんだコレ!?

俺がパニックに陥っている中、レッドは部屋から出ようとしていた。

「……トリック&トリート。」

部屋から出る間際、レッドはそう言った。
さっきのキスが悪戯と菓子の代わりだったらしい。

…ったく、とんだハロウィンだ。

「…Happy Halloween」





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