ミニスカート姿のくせに激しく動き回る目の前にいる女は、俺にビシッと指を向けて言った。
「さあ、勝負なのだタケオ君!」
「誰だタケオって!」
残念ながら俺はタケオ君ではない。人違いだ。さようなら。と、立ち去るつもりだったのに、スキル人見知りが発動してそれを拒んだ。なんて時に発動してくれるんだ人見知り。名前には即座に突っ込むことが出来たのに。
「君の名前を知らないから私がそう命名してあげたのだ! 私はメグル! さあ、勝負なのだタケオ君!」
とんでもない奴だ。こいつの頭の中には名前を聞くという発想が無いのか。……無いのだろうな。そうでなければ俺がタケオ君になっているはずがない。
タケオ君こと俺は、モンスターボールを突きつけて決めポーズをするメグルへボールを投げ返そうとはしない。勝負はしない。
「断る!」
激しすぎる人見知りのせいで声が震えたが、なんとか意思表示をして俺は走り出した。通常、トレーナー同士の戦闘では有り得ない逃亡を選んだ。
◇
「……どこまで、走るつもり、なんだ……俺は…………」
自分でもよくわからなくなるほど走り、体力が尽きたところで俺は倒れ込んだ。幸いそこは原っぱで、時々吹き抜ける風が気持ちいい。
乱れた息が整うと、疲労感と倦怠感が融合して眠気となり俺を襲い始めた。まあ、ここで昼寝をしても大丈夫だろう。問題はない、はず。
「みーつけた!」
「…………」
問題はない、はず…………。
「まったく、トレーナーに背を向けるなんて反則なのだ! エリートトレーナーにあるまじき行為だよ!」
何故か俺の視界に、口をとがらせて俺を咎めるメグルがいた。俺の足のスピードにミニスカートでついてこれるなんて…………! と、一瞬驚いたのだが体を起こしてみると、メグルが自転車を持っていることに気付いた。なあんだ。
「は……俺は戦闘を拒否した、つまり受けていないからそんなルールはノーカウントさ!」
「な、なんだってー!?」
声が震えるのを隠そうとしたら変なテンションになってしまった。こいつがテンションが高い奴で安心した。そうでなければ俺の心はスナック菓子を粉砕したかのように砕けていただろう。
「なんでタケオ君は勝負をしてくれないのさー」
不満そうにメグルは言った。
「じゃあなんでハナコさんは俺にこだわるんですか」
答える代わりに反撃してみた。狙い通り「ハナコじゃないやい!」という突っ込みをいただいた。ありがとうございます。
「そうだねえ……」メグルもといハナコさんは少し考えてから言った。
「タケオ君がすごく楽しそうにポケモンバトルしてたから、かな?」
はにかむようにメグルは言った。俺は何故か急に頭に血が上っていくのを感じて、気がついたら立ち上がっていた。
「俺は、ポケモンバトルなんか嫌いだ」
そのまま、背を向けて歩き出した。メグルはついてこようとはしなかった。
追い払えて清々した、筈なのに嫌いだと言った瞬間のメグルの顔が頭から離れなかった。
◇
「…………やけに揺れるな」
熱くなってしまった頭を冷やしつつ、散歩がてらディグダの穴を歩いて呟いた。何処かで戦闘でもしているのだろうけれど、それにしたってよく揺れる。それでいて、ディグダやダグトリオは一向に現れない。
「妙だな……」
普段なら、歩いていれば嫌と言うほどディグダやダグトリオが出て来るはずなのに。何かあったのだろうか?
疑問を抱きつつも、心のどこかで自分には関係ないと思いながら、出口を目指して歩く。まあ、いつディグダ達が出て来ようと俺にはなんの問題はないだろう。
「うえぇぇぇぇっ!」
そんな事を思っていた矢先にこれだ。今日は厄日か何かだろうか。誰か、女の泣きそうな叫び声が響き渡っている。どうせその辺のがきんちょがディグダに苦戦して泣いているのだろう。そう予想した俺は、何もきかない、何も見ないの精神でその場を通り過ぎようとした。
「うう……逃げさせてよぉ…………やめてよぉ…………」
案の定出来なかった。
何故なら、ディグダに囲まれて泣きそうになっているのはメグルだったからだ。しかもメグルが場に出しているポケモンはブースター。モンスターボールが他に見当たらないから、多分メグルはブースター一体しか連れていないのだろう。ブースターは今にも倒れそうだし、ディグダが潜んでいそうな穴がそこら中にボコボコとあいている。なるほど、絶望的な状況のようだ。
「…………パルシェン!」
俺はパルシェンを繰り出してディグダ達の注意を引き、攻撃的なディグダだけを狙って攻撃していった。別に、メグルの為なんかじゃない。こんな道のど真ん中でそんな事をされていたら、俺が通り抜けられないからだ。通り抜けられたとしても、後味が悪い。これだからエリートは性格が悪いとか言われるのは御免だ。そう、だからこの行為は俺の為なんだ。俺の為なんだ。
「…………タケオ君」
「なんだよ、間抜け」
ディグダ達を一掃したパルシェンが、一瞬こちらを向いてにやついたような気がした。腹が立ったから強制的にボールに戻した。
「……ありがとうね」
メグルは恥ずかしそうにしながらも、笑顔でそう言った。また頭に血が上っていくのを感じたけれど、俺はその原因を深く考えないことにした。
おしまい。