『●お月見山ナメたら痛い目見るよ!』


カントー地方を制覇し、その後失踪、シロガネ山に引きこもりをしていた元チャンピオン、レッドは基本的に自由人である。
つい最近、久しぶりに自由人は山を下りて外国にあるイッシュ地方を訪れた。それからレッドは気紛れに山を下りてカントー中で神出鬼没になっていた。

「……懐かしいな、ここ」

何時も通りピカチュウを肩に乗せ、レッドは夜のお月見を歩いていた。偶に野生のズバットやピッピ、イシツブテなどが飛び出してくるがレッドは極力戦わずにニビシティ側からハナダシティ側へ進んでいた。レベルの低いポケモンはあまり倒さないというポリシーがあるらしい。
しかし、挑んでくるのがトレーナーとなれば話は別であり、レッドは喜んでバトルに応じた。そして鍛えられたポケモンの強さを見せつけ、相手の度肝を抜いていた。
「あの頃はロケット団がいっぱい見張ってたんだよな…………」
バトルに少しだけ物足りなさを感じつつ、レッドは進む。かつてたったのラッタ一体で彼を苦しめたロケット団員も、今はもう居ない。
深いところへ行くにつれ、夜のお月見山は静けさを増していった。

「…………ピカッ?」
静寂に包まれつつあるお月見山の中で、最初に異変に気付いたのはレッドの肩に乗ったピカチュウだった。
「……どうしたの?ピカチュウ」
しきりに辺りを見回すピカチュウにレッドは問いかけるが、残念ながらピカチュウの言葉をレッドが理解することは出来ない。だから、レッドはピカチュウと同じ様に正体が分からない何かを警戒することにした。

「……今の音は……?」
警戒するも何も起こらないまま数分してからの事だった。レッドの耳がやっと異変の音を捉えた。距離は掴めないが、何処かで『ズズズ……』と何か重いものを引きずるような音がする。
夜の闇と、山の静けさが不気味さを演出する中、その音だけが微かに響き続けていた。
「…………」
不気味さは次第にレッドの中の記憶を呼び覚ます。かつてチャンピオンを目指し冒険していた頃、不気味な地の先にあったものは一体何だっただろうか。
何かが起こるかもしれないという緊迫感は着実に増していった。しかし、それだけだった。
緊迫感は警戒心を向上させたが結局何の役にも立たなかったのである。

「……えっ?」

一瞬の出来事だった。
しかし、一瞬だったが故にレッドには全てがスローモーションで見えた。見えたところで、反応出来るわけでは無いのだが。
気付いた時にはレッドの横っ腹に、岩の固まりが連なったものがめり込んでいた。そしてそれは、鞭のようなしなやかな動きでレッドを横の壁に思い切り叩きつけた。
「…………ッ!!」
「ピッカァッ!?」
余りの衝撃に、一瞬レッドは気を失いかける。何が起きた?と疑問を抱く余裕すら無い。肩に乗っていたお陰で何の被害も無かった相棒に安堵することも、その声に応じることも出来ない。
ガラガラと音を立てて崩れ、落ちてくる岩に埋もれながら全身で痛みを受け入れることしかレッドには出来なかった。

そんなレッドを襲撃者は待ってくれない。
「う……あ…………ッ」
岩が連なったものがレッドの首や体に巻き付き、そのまま持ち上げ締め上げたのだ。そして、襲撃者とレッドは此処で初めて向かい合う形になる。

「イワー……ク…………?……なん……で…………」

いくらレッドが足掻こうと、イワークの締め付けから逃れることは叶わない。次第に骨がきしみ、呼吸がままならなくなっていく。
ピカチュウが必死にイワークへ攻撃を仕掛け、レッドをなんとか解放させようとするも、岩タイプと電気タイプでは相性が悪い。イワークはビクともしなかった。
そもそもの話だ。
そもそも、お月見山にイワークは居ないのでは無かっただろうか。レッドの中で、何故自分が襲われているのかという疑問ではなく、そちらの疑問が渦巻いていた。いくら考えても、解決することは無いのだが。
「か…………あッ…………」
またしても、意識が遠くなっていく。此処で意識を失う事が出来たら楽だったのかもしれない。しかし、イワークはレッドに最後の一撃をかましてから去っていった。

最後の一撃は、締め上げたレッドを地面に叩きつける至ってシンプルな動作だった。
シンプルが故に、威力は絶大なものとなったのだが。
何処かスッキリした表情で、レッドを解放するとイワークはその場を去っていった。気が立っていて、八つ当たりをしただけなのかもしれない。まあ、残念ながら真相は、イワーク本人にしか分からないため残念ながら永久に闇の中だ。

イワークにされるがままだったレッドは、地面に叩きつけられてから次第に意識を手放していった。叫び続けるピカチュウの声も聞こえない。

「……グリー……ン…………」

完全に意識を失う直前にレッドが口にした一言は、届くことなく闇に呑まれて消えていった。





「お月見山の方が騒がしいのう……どれ、グリーン。少し見てきてはくれぬか」
オーキド博士の研究所にて。祖父であるオーキド博士を手伝わされていたグリーンは、オーキド博士のその一言によりお月見山へ向かっていた。
確かに、お月見山の方からつい先程、何かが崩れるような音が響いていた。オーキド博士にはもう若い頃のフットワークの軽さは残っていないため仕方ない。と思いながらグリーンはお月見へ入っていった。要は自分を納得させていたのである。

「……なんだよ、これ…………」

ハナダシティ側へ行く道の途中でそれを見つけ、グリーンは愕然とした。
なんと一部の壁が大きく崩れ、地面にも穴やひびが生じているではないか。ポケモンバトルでどんなに頑張っても、普通こんな状況にはならない。
とりあえず、急いで帰って報告をして、通報をしよう。そう思い穴ぬけの紐を取り出した、その時だった。
「ピカチュウ!?」
半分泣きかけたピカチュウが崩壊した地面から現れたではないか。そして、その口には赤い帽子がくわえられていた。
グリーンはその帽子にイヤと言うほど見覚えがある。考えるよりも早く、体は動いていた。
体の至る所から血を流し、気を失っている親友を見つけたときには、目の前が真っ暗になったのは言うまでもない。





レッドを見つけてからのグリーンの行動は迅速だった。
穴ぬけの紐でお月見山を脱出し、ポケセンへ駆け込みレッドの緊急の治療が行われた。

翌日にはレッドの意識は回復するが、この件についての真相は明らかになることは無かった。


end



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