一匹のメタモンがいた。
そのメタモンはシオンタワーの隅っこで独り静かに暮らしていた。
シオンタワーにはゴースやゴースト、それにポケモントレーナーが居るが、彼(または彼女)はそれらと一切関わらない。彼(彼女)の存在を知る者は恐らく居ないだろう。
彼(彼女)は、そのことだけに関しては全力を尽くして居たのだから。
これは、そんな誰にも知られずひっそりと生きていたメタモンの話。
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彼(彼女)は元々シオンタワーには住んでいなかった。当たり前だ。シオンタワーに普通メタモンは居ない。彼(彼女)は、仲間のメタモン達から逃げてきたのだ。否、メタモンだけではない。ポケモンからも、トレーナーからも逃げた末にこのシオンタワーに辿りついたのだ。
彼(彼女)には、背中にあたる部分から腹にあたる部分にかけて、大きな傷がある。この傷は癒える気配を微塵も見せない。
これが彼(彼女)が逃げ出した事の間接的な理由になっていた。
遡ること2ヶ月前。
その頃はまだ彼(彼女)に大きな傷は無かった。だから、独りで暮らす事もなく仲間達と楽しく暮らしていた。彼(彼女)はまだ普通のメタモンだった。
ある日のこと。それは起きた。
子供のポケモントレーナー達がメタモン達の住む草むらに入りそこら中を荒らし、そしてメタモンや他のポケモンを乱獲し始めたのだ。
子供達にとっては何でもない、ただ誰が一番ポケモンを捕まえられるか競争するという遊びだったのだろう。しかし、メタモンやポケモンの乱獲される側にとっては十分、否、十二分に恐怖だ。
逃げて、戦って、捕まったり倒されたり、戦闘からなんとか離脱してまた逃げて、でも見つかってまた戦って……。
何回それを繰り返しただろうか。そんな健闘も虚しく、彼(彼女)はとうとう力尽きてしまった。所謂瀕死状態になった。
瀕死になったポケモンに興味のない子供達は他のポケモンに標的を替えて、また戦う。彼(彼女)は瀕死のまま子供達が居なくなるまでずっとそこで放置された…………
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違和感に気付いたのは、意識が覚醒して直ぐだった。
体中が痛いが、特に背中から腹にかけてが焼けるように痛んだ。メタモンは体を上手く変形させることで、自分の身に起きた事を知った。
激しい戦闘の末、酷く痛む部分には大きな傷が出来ていた。
その日、メタモンは直ぐに眠ることにした。自分の傷に何らかの処置を施す手段が無かった為、寝る事が回復に一番だと思ったのだ。
痛みでなかなか眠れないような気がしていたのだが、疲れが勝りやがてメタモンは深い眠りについた。
翌日。
何事もなく一日を過ごす。
傷はまだ治らない。
その翌日。
やはり傷は治らない。
そのまた翌日。
傷が治る気配が無い。
更に翌日。
痛みは消えてきたが傷はそのまま。
そして、傷を負ってから一週間が経過。
此処でやっとメタモンは自分の身に起きた最大の異変に気付くことになる。
傷は消えないものの、痛みはすっかり無くなったメタモンは気紛れに他の草むらへ遊びに行き、他のポケモン達と戦闘になった。
メタモンが覚えている技はただ一つ。だから、当然それを繰り出す筈なのだが…………
まず首を傾げたのはメタモン自身だった。
次に、メタモンと戦闘していたナゾノクサが首を傾げた。
メタモンは当然『へんしん』しなければ戦えない。だから、『へんしん』を繰り出した。繰り出した筈なのに、メタモンの姿はナゾノクサになっていなかった。メタモンはメタモンのままだった。
これでは戦闘にならない。だから、ナゾノクサはメタモンが自分と同じ姿になるのを待った。遊びのようなものだから、首を傾げつつも問答無用で攻撃はしなかった。
しかし、いくら待ってもメタモンはナゾノクサになれなかった。
そう。
彼(彼女)は『へんしん』が出来なくなってしまったのだ。
やっとそのことに気付いたメタモンは慌てて自分が住む草むらに帰った。そして、手当たり次第にこの状況を治す手段が無いか聞いて回った。残念なことに、収穫は得られなかったが。
代わりとばかりに、へんしんが出来なくなったメタモンの噂だけが広まった。そしていつしか彼(彼女)には侮蔑の視線が投げかけられるようになっていた。
へんしん出来ないメタモンに価値はない。
お前に生きている価値はない。
皆無言だがそんな事を言っているような気がした。
そして、とうとう耐えきれなくなったメタモンは逃げ出した。
逃げて誰もいない場所をただひたすら探して、そしてシオンタワーに辿りついたのだ。
勿論、シオンタワーに辿りつくまでの間にメタモンがへんしん出来たことは無い。シオンタワーの隅っこで暮らすようになってからも状況は変わらない。
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日に日にメタモンは衰弱していった。
シオンタワーはメタモンが生息出来るような場所ではないため、当然の結果である。
しかし精神的にも肉体的にも傷を負い、その傷が癒えることの無いメタモンは生きようともしなかった。むしろ、死を待っていた。
いつ死ねるだろうか。
そう思った、その時だった。
「…………?メタモン?」
それは、一人の少年だった。モンスターボールを持っているから恐らくトレーナーだろう。
よほどの物好きでシオンタワーを探索していたらしく、偶然、隅っこで死を待っていたメタモンを見つけたのだ。
一方、メタモンに蘇るのは2ヶ月前のトラウマ。自分がこうなった原因。
ただひたすら無気力になっていたメタモンはあっという間に恐怖に支配された。そして、少年から逃げ出そうとした。
でも、逃げられなかった。
「すごく衰弱してるじゃないか!早く手当て……ポケセン!!ジョーイさん!ジョーイさぁぁぁぁん!!」
メタモンの状況にいち早く気付いた少年が、メタモンを抱えて穴ぬけの紐を使い、シオンタワーを離脱してポケセンへ走り出したからだ。
その後、メタモンがどうなったのかは分からない。
ただ一つ、言えることがある。
衰弱したメタモンは、少年の腕の中で幸せを感じていた。