「そこのお前!僕とバトルだ!」
トキワの森、ニビ側の出入り口付近でトレーナーを待ち伏せしていた僕は、ガサガサと草をかき分ける音へ向かいそう叫んだ。
そこに居たのは一人の少年。
僕はこの少年に首を傾げずにはいられなかった。
「……ピカチュ……ッ…………」
何故かこの少年は、ピカチュウをモンスターボールに入れていなかった。しかもあまり懐いていないようで、触ろうとして直ぐに手を引っ込めていた。多分静電気か何かを食らったんだと思う。モンスターボールに入れればそんな事は起きないと思うのだけれど…………。
結局バトルは僕が勝った。
Lv.9にまで上がっていたキャタピーは、大分消耗していたピカチュウを容易く倒した。この少年、幾つか他のポケモンを連れているらしいけれどどうやら瀕死の状態らしく出す素振りを見せないまま、無言で賞金を渡して走り去っていった。
「……変な奴」
最後までピカチュウをモンスターボールには入れず、抱きかかえて走っていった。ポケモンセンターではどうしているのだろうか。
大体のトレーナーは直ぐにまた戻って来るのだけれど、あのピカチュウの少年はそれからなかなか戻っては来なかった。
別に僕には関係のない事だけれど、なんとなく気になったりもする。
「…………ねえ」
「ッ!?」
野生のポケモンでも相手にしようと思ったらあの少年がいた。どうやら再戦の申し込みらしい。
「ゆけ!キャタピー!!」
僕は頷いてキャタピーを繰り出した。
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バトルは負けた。でも、キャタピーがトランセルに進化した。
「……また今度」
ピカチュウを肩に乗せると、少年はそう言って去っていった。
「……また今度、か」
そういえばあの少年はポケモン図鑑を持っているようだった。マサラタウンの博士にでも頼まれたのかもしれない。
もしあの少年がポケモン図鑑を完成させようとしているのなら、今度バトルするときには凄く強くなっているだろう。何せカントーを巡るのだから。
「……僕も、旅してみたいな…………」
また今度と言われてしまったら、次までには強くなっていたい。せめて彼が苦戦するぐらいには。
僕は進化してHPがギリギリ残ったトランセルを見つめた。
「……まずはお前を孵化させないとな」
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トランセルを孵化させないとと思ったのはいいものの、トランセルはなかなか強くなれないでいた。
弱いポケモンを相手にしても、経験値はなかなかたまらないし、強いポケモンを相手にすれば簡単に倒されてしまう。
「覚えてる技が3つだけだもんなぁ……」
トランセルは技マシンでは技を覚えない。幸い、キャタピーから育てているため体当たりと糸を吐く、そして固くなるを覚えているけれど…………。
トランセルだけではダメだと思ってから、虫以外のポケモンを連れているけれど、トランセルは中々強くなれず他のポケモン達が強くなって行くばかりだ。
僕は昔から虫ポケモンが好きだ。
虫ポケモンは完璧なポケモンだとも思っている。いつかは、手持ちポケモンを全て虫ポケモンにしたい。
よく、トランセルは他のトレーナーにバカにされる。
固くなる事しか出来ないからだと。跳ねるしか出来ないコイキングの次に使えないと。
でも、コイキングは進化してギャラドスになればとんでもない強さになる。それは、バタフリーにも同じことが言えるはず。
だからポケモンは悪くない。トレーナーが悪いんだ。
バカにする、トレーナーに能力が無いだけなんだ。
「勝負だ!」
いつしか僕がトレーナーを待ち伏せしていた時のように、トレーナーが勝負を仕掛けてきた。
出すポケモンは勿論トランセル。
「あははははっトランセルかよ!」
トレーナーが僕のトランセルを見た瞬間に突然笑い出した。
「じゃあお前、トキワの森の弱々虫遣いか!あそこよくいるんだよな!!」
……多分同世代なのに、彼は何故こんなにも五月蠅いのだろうか。
「…………黙れよ」
「黙らないよ弱々虫!!トランセル遣い!!」
――プツン
僕の中で何かが切れた。
「トランセル!固くなる!!」
確かに僕は弱いかもしれない。未だにトランセルを進化させてあげられていないのだし。別に、そこはいい。
でも、こいつの中でトランセルが弱いの代名詞になっているのは許せない。
「もう一度、固くなる!!」
幸い、相手は炎、岩、飛行タイプのポケモンも技も持っていない様子。
モンスターボールは一個しか使っていないようだ。
見返すのには丁度いい。
固くなるを二度詰んだトランセルの防御の高さはなかなかのものである。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
防御を固めたなら後は攻撃あるのみ。普段は一撃で倒されてしまう事も多いから使うことのない傷薬もたんまりある。今のトランセルが倒されることはそうそうないだろう。
相手が倒れるまで、僕は回復をしながら体当たりを命じ続けた。
「……そ、そんなトランセル如きに…………」
負けたトレーナーはがっくりとうなだれていた。負けても尚、僕のトランセルをバカにするとはいい度胸だ。
「だから、黙れよ」
「うっせえ!勝ち誇ったつもりかよこいつ!!」
トランセル遣いの癖に!と相手は言った。
「僕のトランセルは強いよ。君がトランセルを弱いと思うのは君が弱いからだろう?」
だからトランセルを上手く戦わせてあげられないんだと、僕は言い捨てた。
多分、この言葉は自分にも言い聞かせているのだろう。僕だって、まだトランセルを上手く戦わせてあげられていない。
でも、トランセルをバカにしか出来ない人よりは強いと、信じたい。
そうなりたい。
と、ここで僕は未だにトランセルをモンスターボールに戻していないことに気付いた。
「あ、戻れトランセ――……」
「フリィィィィ……?」
「……え?あれ!?」
パクパクと口が開く。
トランセルはいつの間にかバタフリーに進化していた。
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「…………ん……ああ」
僕は目が覚めると、むくりと起き上がった。
懐かしい。昔の夢を見ていた。
僕がまだ、カントーで虫ポケモンを集めて旅をしていた頃の記憶だ。
「まさか、三年後シンオウで四天王をやるなんてね……」
人間、何があるか分からないものだ。
「……バタフリー」
「フリィィィィ!」
部屋に備え付けのパソコンで久しぶりにバタフリーを呼び出し場に出す。
バタフリーは嬉しそうに飛び回った後、僕の指に止まった。
「――そういえば」
そういえば、さっき僕を倒していった少年は、三年前トキワの森で出会った、あのピカチュウを連れた少年と同じ目をしていた。あれから、彼と再戦になったことはない。
彼は今頃何をしているだろうか。
確か、チャンピオンになって失踪してしまったという噂を聞いた。
彼と同じ目をした少年と出会ったから、昔の夢を見たのかもしれない。
また彼とバトルする日はいつになるのかなと思いつつ、僕は目を閉じた。