『●旅立つ前に』


カントーのポケモン図鑑を揃えるために旅にでて、もう何年が経っただろうか。
お祖父ちゃんは今でも、新しいポケモンの為に各地を飛び回っていた。
それも、二年以上前の話。

二年前から、お祖父ちゃんはあまり各地を飛び回らなくなっていた。
その代わりに、イッシュという地方から貨物用の飛行機がこっちに来るようになっていた。

そんな日々は二年後の今日まで続いている。
いや、続いていた。
昨日までは。


今日、俺はポケモンを初めて貰ったあの日のように、お祖父ちゃんに呼び出されていた。
「…………遅い」
呼び出しておいて居ないというのは如何なものかと思う。
かれこれ三十分は待たされている。帰ってもいいだろうか?……ダメか。

そういえばあの日もそうだった。
俺(と、レッド)を呼び出しておいてお祖父ちゃんはなかなか来なかった。……まあ、レッドも来なかったのだけれど。
まさか今回もレッドを呼び出していて、お祖父ちゃんはレッドがシロガネヤマから下山してくるのを待っているのだろうか?
もしそうなのだとしたら、俺は何時まで待たされるのだろうか。下手したら一生待たされるかもしれない。
何せ、彼奴はチャンピオンという地位から逃げ出してシロガネヤマに引きこもってから一向に下山をしないのだから。ポケモンセンターにすら行っているのかどうか怪しいところだ。
シロガネヤマに彼奴がいることが分かってから、暇を見つけてはシロガネヤマを登ってバトルを仕掛けているが、手持ちが変わった様子もない。もう、あのポケモン達はレベル100をとっくに越えているんじゃないのかと思う程だ。全く笑えないが。

「おお!グリーン!よく来たな!!」
それから更に三十分程して、お祖父ちゃんことオーキド博士はやってきた。しかし残念ながらレッドは連れていなかった。
そんな俺に気付いたのか「一応レッドも呼んだんじゃがな……」と、言ってお祖父ちゃんは苦笑した。
「それでは、早速本題に入るぞグリーン」
定位置につくとお祖父ちゃんは言った。

「グリーンよ、イッシュ地方に行ってこい!」

「…………は?」
凄くいい笑顔で言われたけれど、俺はそう返すしか出来なかった。
「お前はカントー地方にずっと居るからな、そろそろ新しい刺激も欲しいじゃろう?大丈夫、話はつけておいたから次の貨物飛行機でイッシュに飛びなさい」
朗らかに笑いながらお祖父ちゃんは言った。いやいやいやいや、ノリが軽すぎるだろう。しかも話をつけておいたって、このじーさんは俺に選択肢を与えてくれないのだろうか?
……まあ、選択肢があっても多分俺は断らなかったのだろうけれど。

「多分お前は向こうに長く居ることになるじゃろうからな、こっちでやるべきことは早めに片付けておくといいじゃろう。……ほら、時間は有限じゃ。早く行った行った」
そう言われて俺は半ば追い出されるように研究所を出た。

「…………やるべきこと……か」
とりあえずジムは暫く休業という事でいいだろうか。挑戦者もなかなかいないことだし。後でジムにいる連中に連絡するとしよう。
「……そうなると」
思い浮かんだのは山に引きこもる赤色だった。





シロガネヤマの山頂に辿り着き、レッドに話し掛けると間髪入れずにバトルが始まった。というか、無言でモンスターボールを取り出し、無言でポケモンを出された。こいつの中には言語コミュニケーションというものが無いのだろうか?確かに、非言語コミュニケーションも大切だけれど、此奴の場合全くコミュニケーションが成り立っていない気もする。いや、バトルが此奴なりのコミュニケーションなのか。


バトルは案の定負けた。


「…………はー…………」
ポケモンを貰ったあの日から、こう連敗していると溜め息しか出なくなる。
一度くらい勝たせてくれたっていいじゃないかと、拗ねてしまいたくなる程だ。
「……まあ、全力できてくれなきゃ満足できないんだけどな」
ポケモンに対して常に全力だからこそ、俺は此奴に勝ちたいと思えるのだろう。自分より強いっていうのは認めたくないけれど。
「……なに1人で喋ってんの」
「お?」
珍しい。レッドが喋った。
「気持ち悪い」
「喋ったかと思えばこれだよ!!」
此奴には俺に対する優しさというものは無いのだろうか。バファリンにでも優しさを分けて貰ってこいと言いたいところだ。
「……違う。グリーンに向ける優しさは全部ポケモンに向けてる」
「せめて半分くらい残してくれよ!?」
「いやだ」
「即答されたァァァァッ!!」
「グリーン五月蝿い」
「お前のせいだ!!」
「気持ち悪い」
「凄く傷ついた!!」
「……バイビー☆」
「やめろぉぉぉぉ!黒歴史を掘り返すな!!」
つ、疲れた…………。
とりあえず一回殴らせてくれ、昔の俺。

レッドの攻(口)撃が終わったところで、俺は今日此処に来た理由を思い出した。
「あのよ、レッド。俺これから暫く此処に来れなくなるわ」
「……別に呼んでない」
「…………」
いかん、泣きたくなってきた。しかし俺はめげない、負けない、挫けない!!
「イッシュに行くことになったんだ。いつ帰るかも分からない」
「…………そう」
相変わらずレッドの表情は変わらなかった……ように見える、が。
「……そわそわしてるだろお前」
「………………」
どうやら此奴もイッシュに行ってみたいらしい。そりゃあ、イッシュにはここら辺には居ないポケモンばかりいるらしいのだから、行きたいと思うだろう。俺がそうなのだから、此奴は尚更行きたいに違いない。
そんな此奴が即答で行くと言わないのには理由があるのだろう。
例えば、逃げるためにシロガネヤマに登って過ごしてきたのに、下山したらまたチャンピオンと言われるのが嫌だ…………とか。
「いい加減下山したらどうだ?」
「…………」
「そろそろ引きこもりもやめていいと思うぜ」
「…………」
「大丈夫、お前は確かに頂点になったけどそのうちヒビキがお前を倒すだろうし」
此奴がチャンピオンと呼ばれていたのも数年前のことだ。もう、いい加減大丈夫だろうとも思う。
「…………違う」
「え?」
黙っていたレッドが口を開いた。
違う……何が違うのだろうか。


「グリーンと行きたくない」
「…………」
そこかよ。





結局レッドは下山しなかった。
彼奴には彼奴なりの思惑があるのだろう。真意を聞き出すことが出来なかったのは残念だけれど、まあ仕方あるまい。
…………俺と一緒に行きたくないというのが真意ではないと願うばかりだ。

俺はそう思いながらイッシュ行きの貨物機に乗った――……



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