「……タイム、リミットだ」
そう言って時計をしまうと、今まで並べていた治療器具を鞄にしまい始めた。
既に心臓が止まってから五分以上が経過していた。
まともな治療が出来ない今、これ以上の事はするつもりがないらしい。

僕の中で色々なものが崩れていく音がした。
「う、あ」
「……帰ってから泣け」
別に泣こうとした訳ではなかったのだけれど、小坂くんはぽつりとそう言って、鞄の蓋を閉じた。

「呆気ないですだな」
「何がだ」
「五分で助かるか助からないかが決まるなんて、ですだ」
「……本当はもっとかかるけどな。まあ、そんなもんだ」

誰一人涙を流そうとしないのは、きっと猫さんが死んだという実感が無いからだろう。
何となくこの静かに眠っているかの様な顔を見ていると、そう思ってしまう。
一種の現実逃避だ

だけど、なんだろう?この……喪失感は

「ちょっと……叫んでもいいですか」
「やめとけ、敵が来る」
「戦える奴なんかいないですだよ……」
そうだった。だけれど無性に叫びたい気分なのだ。
「叫びたい……」
「葉折なら"僕の胸で泣き叫んでもいいよ"とか気色悪いこと言ってくるだろうけどな」
「うわあ……言いそうでドン引きですだ……ん、そう言えば変態がいないですだな」
「…………葉折くんは、その」

月明家に連れ去られました、なんて言えない。
どうしよう、それでも言わなければならないのだろう。仲間として、友達として。

「葉折くんは、月明に」
と、そこまで言いかけた時

―― ガシャァァン……!

突然雪乃さんの作ったドーム状バリアが粉々に砕け散った。
破片は地面につく前に粒子となって風に紛れていく。
「なっ……!?」
「な……雪乃の幻覚が……気流子たちはどうなったですだよ!?」
「一体何事だ!?」
辺りを見回すと、すっかり静まり返った、例の場所だということがわかった。

「皆さん!大丈夫ですか!?」
瓦礫の影から空美さんが顔を出す。
そう、ここはさっきまで敵に溢れていた場所。僕たちが戦っていたあの部屋だ。

「雪乃さんが突然弾き飛ばされて……」
そう言われて視線が送られている方向を見ると、言われたとおり雪乃さんが倒れていた。

「雪乃さん、雪乃さん!」
どこから現れたのか、仁王君まで現れた。やっぱり雪乃さんと行動していたのか

雪乃さんはぐったりとして目を覚まそうとしない。心無しか顔色も悪い
一体この短時間で何があったというのか

「これは……仁王の時と同じ毒だ。幸い余った薬を持っている。毒は問題ないとして……腹部に刺し傷がある。深いな。だがそれ以外にも重いダメージを受けたようだな。これは一体……」

「何だか……気流子さんの髪留めを砕かれてしまって、そしたら突然。雪乃さんははじき飛ばされるように壁に打ち付けられて、気流子さんは……この通り気を失ってしまいました」
そう言う空美さんの背中には、気流子さんと思われし緑色が見えた。

「戦いで疲れたんでしょうか私、予想以上に気流子さんが重く感じます……」
「ちょっと待て、砕かれた?どういうことだ」

空美さんの気だるそうな声を無視して、小坂君がそんな事を聞いた。
そこは僕も気になっていた事だ。
「第三支部長と鉢合わせまして……支部長自体に戦闘能力はないと聞いていたので、私も油断していました」

「……そいつはどこにいる?」
「自室か、研究室にいると思います」「突然、気流子さんの髪留めを砕いたんですか?」
「はい」
そうだとしたなら、気流子さんの髪留めには何か事情があって、それを第三支部長とやらが知っていたとしか思えない。
猫さんも戦いの最中何か様子がおかしかったし、この組織にはまだまだ何か裏がある気がする。
まだそれが何なのかわからないけれど。

「ちょ、ちょっと……気流子さんをおろしますね。……ふう、あれ?」
「…………?誰だこいつ」
背中から下ろした緑色を床に下ろした途端、そんな声が聞こえてきた。
横たわっている僕には全く見えない。

「誰って、気流子さんじゃないんですか?」
「いや……その筈、なんですけど」
「なんというか……気流子にしちゃちょっと大人びている気が」
なんだそれ、どういう状況なんだろう

隣で仙人さんが叫び始めた。
「うがああ見せろですだあああああ気になるですだあああああ…………うっ全身が痛む……!」
「絶対安静だっつってんだろ!……ほら」
そう叫びつつ、こちらに気流子さんの顔を傾けてくれる小坂君。
本当だ気流子さんじゃない!気流子さんの服を着た同い年の女の子だ!
なんというか……雪乃さんに少し似ているような気がしなくもないような

「う……ん……」
まじまじと顔を眺めていると、少女が目を覚ました。

「はっ……お姉ちゃん、お姉ちゃん!!」

どうやら気流子さんで間違い無いようだ。
気流子さんは目を覚ますなり、横たわる雪乃さんに飛びついた。

「どういうことですか?」
「何が……かな?」

「髪留めを砕かれたと聞きましたけど」
「…………よくわからないな」
「はあ……」
どうしても今は話す気がないらしい。目をそらされてしまった。

「……とりあえず、これを」
そう言って小坂君は僕や仙人さんにかけていた毛布を剥ぎ取り、手渡した。
今、気流子さんの服はピッチピチである。
「うああああ今気づいた……!恥ずかしいうわあああああ」
それはこちらの台詞だったが、まあ無視することが親切になる場合もある。

「うう……空美ちゃん、私急に意識が飛んじゃったけど……あの後どうなったの?」
「二人が気を失う姿を見届け、第三支部長は上機嫌で部屋あるいは研究室に戻っていきました」
「……ろくな人間がいないんだな、組織ってのは」
「ボスが自由気ままですから……」

それも如何なものかと思ったが、あえて突っ込まない事にした。

「あ、なんか……何となくだけど魔法使えるかもしれない」
唐突に気流子さんが手を叩いた。
同い年にちゃんと見えるからか、普段の仕草もいくらか新鮮味がある。
あいも変わらず猫さん一筋だけれど。

「バリアー!」
そう気流子さんが叫ぶと同時に、凄まじい攻撃が僕たちを襲った。
気流子さんのバリアーのおかげで傷一つないのだけれど、凄く吃驚した。

四方八方から襲いかかってきたものは銃撃だ。まだまだ敵が潜んでいると言うことだろう。
あまりにも突然の出来事だったものだから、未だに脈が早い。

「気流子さん!?」
「うう……」
呻いたかと思うと、そのまま地面に寝転がってしまった。
背中を地面に触れないようにしている辺り、傷が痛むのだろう

「出血は大分ましになったが、傷が悪化しているな。……土がついているのは何だ」
「ドSな中年に踏まれました」
「えっと、支部長です」
「…………」
小坂君は何も言わなかった。僕も何も言うつもりはない。
ただ、これだけは思った。

「本当に自由な組織だな……」

僕の気持ちを小坂君が代弁してくれたところで、再び攻撃の嵐が巻き起おこった。
今度は銃撃ではなく、鎌鼬の様な斬撃だ。
「移動します!」

空美さんが移動魔法を駆使して、安全な位置まで運んでくれた。

けど、

「ぐ、ああっ」
鎌鼬の一つが僕の左肩を抉ったらしかった。
「音無!……くそ、このままだと全滅するのは時間の問題だぞ」

それはきっと、ここにいる誰もが思ったであろう事だ。
だけど諦めるわけにもいかない、どうすればいいのか。

「む……何か、来るですだよ」
考えを巡らせていると、仙人さんがそんな事を言った。




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