「体は大丈夫なんですか?仙人さん」 空美さんは気流子さんの前を横切り、仙人さんの顔を覗き込んだ。 仙人さんは黙って首を横に振った後 「体が言うことを効かないですだ」 そう苦笑した。 それは……ひょっとしなくても一大事なのではないだろうか
「神経をやられた可能性がある。疲労やショックによる一時的な麻痺だという可能性もあるが、……どちらにしろ今は絶対安静だ」 「………………」 「動けるなら動いてみろ。ただし皮膚がただれて崩れ落ちても、治療してやれないぞ」 露骨に嫌そうな顔をする仙人さんに、恐ろしい返答をする小坂君。 皮膚が……想像したくもない姿だった。
「大丈夫……って、どういうこと?」 仕方無いと言わんばかりに眠ろうとする仙人さんに、気流子さんが問いかける。
「辺りを見回せばわかるですだ」 「辺り……」
僕も見回したかったのだが、どうにも床に突っ伏しているものだからそれは叶わなかった。 代わりに空美さんがこんなことを言った。 「雪乃さんの……幻覚ぐらいしか見えませんけれど」
彼女の作り出した幻覚は今だ形を留めていて、 即ち雪乃さんの魔力が尽きていない事を意味していた。
「幻覚は魔力も使うけど、心が安定してないと使えない。……そうですだな?」
「……ううん、そうじゃないんだよ仙人ちゃん」 「むお?」 気流子さんは少し考えるふりをした後、そう言って首を振った。 と、
―― ズズゥゥンッ!!
重い地響きが僕たちの足場を揺らした。 それと同時に小坂君の携帯用心音機がうるさく鳴り響いた。
「……っ心臓が止まった!誰か、電気魔法を使えないか!ショックを与えたい」 そう言って僕たちを見回すものの、この部屋の中で電気を操る事ができるのはただ一人、猫さんだけだ。 「猫さん!」 「猫神が、いるですだか……!?」 「綾にゃん!」 「くそっ……このままだと」 小坂くんはその先を言おうとはせず、ただ黙って心臓マッサージを始めた。 肺からの出血だというのに胸を圧迫して大丈夫なのだろうかとか、そういう事はどうでもよくなった。きっと治療士の卵なりに、傷を傷めないよう工夫してくれていることだろう。
「猫さん……猫さん!!」 僕は動かない体を必死に持ち上げようとする。 駄目だ、動かない。 「今の揺れ……お姉ちゃんだ」 「気流子さん!?」 そんな事を呟くのが聞こえたかと思うと体が浮き、僕は猫さんのもとまで連れて行かれた。 僕を地面に置くと、そのまま空美さんの肩を掴む。
「……な、んですか」 振り向いた空美さんの顔は、涙に濡れていた。 その姿を見てか、一瞬だけ気流子さんが顔を引きつらせたのだけれど、きっと涙でぼやけた空美さんの視界には映っていなかったのだろう。 空美さんはただただ涙を拭った。
「えっと、私を急いでお姉ちゃんの場所に連れて行って……考えがあるの」 「……それで、猫さんは、救われますか…………」 空美さんの発言に、気流子さんは眉間に皺を寄せる。 つい数日前に出会ったばかりの他人に涙を流すこの人は、本当に敵組織の指揮官なのだろうか。 それとも、まだ幼いから周りに流されて泣いているだけなのか。 ……前者であってほしいが
「そんなの……わからないよ……でも、やってみる価値はある。絶対」 気流子さんが何を考えているのか、僕にわからなければ空美さんにもわからない。 猫さんがいつも綱渡しをしてくれていたんだと、改めて思い知らされてしまった。
だけど、この真っ直ぐな瞳に濁りは見えない。 THE濁った瞳の僕が言うのだから間違いないだろう多分。 真剣に、この状況をなんとか打破しようと考えてくれているんだ。
「藁をも掴む思いだ、頼む空美。このままだと猫神がまずい」 「…………わかりました。小坂さんに免じて連れて行って差し上げます。……危険だと思ったら、すぐに逃げますよ」
「あ、ありがとう……!!急ごう、猫さんが危ない!」 緊張が緩んだのか、両手で顔を被って脱力する気流子さん。 もしかしたら泣いているのかもしれない。よくわからないのだけれど
そうして、気流子さんと空美さん二人は戦いの場へと戻っていった。
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