「滑稽だな。嘘誠院音無」
叫び続ける僕に、海菜さんが冷たくそんな言葉を吐いた。

「お前は動けず、仲間が傷ついても……その様子を黙って見ている事しか出来ない」
「お姉ちゃんは黙ってて!!」
アクロバティックな蹴りを繰り出す空美さんや、それを華麗にかわす海菜さん。
そんな二人に目もくれずに僕は呼びかける。

喉が痛かろうが全身が痛かろうがそんなこともどうでもいい。
「猫さん!!……猫さんッ!!」

最愛の人から流れる血は止まることを知らないのか
止血をしようにも体が動かないなんて、こんな馬鹿なことがあってたまるか!
それだけ傷が深いということらしい……くそっ!

「……ちっ」
叫んでいると海菜さんの苛立ちが偶然僕の耳を震わせた。
辺りを見回すと空美さんが居なくなっていて、理解出来ないといった立ち振る舞いの海菜さんは猫さんを見ていた。
そうか、空美さんは小坂君を呼びに行ってくれたんだな
早く……早く……

「連れてきました!」
半ば無理矢理連れてきたのか小坂君は現状を把握しきれていない様子で、空美さんに引きずられながら現れた。
「小坂君、猫さんを早く!!」
「音……猫神!!」
僕や猫さんの有様を見て状況を把握してくれたらしい。血相を変えて猫さんに駆け寄った。
猫さんに手をかざすとすぐに魔法陣が現れた。これは治療魔法では無いらしく、触診みたいなものだろうか。触ってはいないのだけれど。
傷の具合、深さ、傷ついた部位等を診ているようだった

「とりあえず心臓は無事だ…………だけど相当まずいぞ。応急処置でどうにかなる傷じゃない」
小坂君も拐われた身で治療器具などを持っている訳ではない。どちらにしろこのままでは猫さんの命が危ない。そんなことはわかっていたのだけれど、一応診察してもらいたかった。

「猫さんは……まだ生きているんですね?」
これが大事だったのだ。


「今は、な……だが肺をやられているし血も足りない」
「帰りましょう、一刻も早く!」
誰一人欠けることなく帰ると言う目標を果たす事は出来そうにないけれど。
葉折君はあのまま連れて行かれてしまったらしかった。

「ぐ…………う!」
床と仲良くやっている場合じゃないのはわかっているのだけど、どうにも力が入らない。
今までどうやって立っていたのかもわからない程に足が動かない。しかもすごく痛い

「大丈夫?」
「気流子さん……ぐあ……っ」
一人静かに足掻いていると、横から気流子さんが腕を引いてくれた。
ようやく体を起こせたというのに、足を動かそうとするだけで耐え難い激痛が走り、魔力でコーティングしたところで動けそうにない。これでは逃げようにも逃げられないじゃないか。
どうする、どうするんだ。どうにかしないと。
早くしないと猫さんが

「空美ちゃん!」
「はい!」
考えを巡らせていると空美さんが両手を空にかざした。
まさかここにきて空間移動をするというのだろうか?
確かに海菜さんの刀は破壊されたけど、家から組織までの距離は相当あった筈で。
小刻みに分けて空間移動をしなければならない……つまりすぐに追いつかれてしまう可能性があるわけだ。

だけど

「……すぐ、戻ってきます!」
空美さんはそう宣言した。
ただ逃げるという訳では無いようだ。

両の手のひらから広がる光が僕たちを包み込むと、次の瞬間には何もない空間が広がっていて、目の前には仙人さんが、力なく静かに横たわっていた。
「ここは……」
「お姉ちゃんが防護壁を貼ってくれてるの。さっきの場所からは少し離れてるけど、一応組織の中みたい」
「……仙人さんは」
「リミッターの外れたスタンガンで、九十に……」
気流子さんと空美さんとが交代で僕の質問に答えてくれた。

そうか、仙人さんまで……。服も肌もボロボロだ。当たり前だろうけど、女性でも容赦はないのか。
あの彼女がここまでボロボロにされるなんて、夢でも見ているのだろうか。違う……これは夢じゃない。こんなに痛くて悲しい夢があってたまるか

「小坂君、猫さんは」
「……今、やってる所だ」
押さえても押さえても溢れる血液に小坂君も切羽詰った様子だ。
……一刻も早く帰らないと、まずい

「はい音無君」
「……ありがとうございます」
気流子さんから真新しい眼帯を受け取るとすぐに視界が床一色に染まった。
体を支えてくれていた気流子さんが突然立ち上がったからだ。
倒れた反動で足に裂く様な痛みが走る

「これからどうするか、なんだけど」
必死に痛みを噛み殺していると、気流子さんが周囲を見渡してこんなことを言った。

「私と空美ちゃん……そしてお姉ちゃんで何とかしなきゃならないわけだよね」
「……雪乃さん?」
気流子さんの台詞で思い出したのだけど、彼女は今一体何処にいるのだろうか。
仁王くんまで姿が見えないじゃないか。

「お姉ちゃんは……あれ空美ちゃん、お姉ちゃんはどこに移動させたのかな?」
「……え?」
振り返れば、気流子さんの問いかけに硬直する空美さんがいた。
みるみるうちに気流子さんの血の気が引いていく。

「ま、まさか置いてきちゃったの!?お姉ちゃんを」
そういうことなのだろう。
猫さんと戦っていた筈の雪乃さんは、この場所には居なかった。

「す、すみません猫さんでいっぱいいっぱいになっちゃってて」
「謝らなくていい!早くお姉ちゃんを連れて来ないと」
気流子さんが切羽詰った様子で手足をじたばたさせる。

雪乃さんなら幻覚で身の安全を確保することぐらい出来ると思うのだが、一体何を焦っているのだろうか。

猫さんがこんな状態の今、確かめる術は無いのだけれど。

「ここからでもお姉ちゃんを移動させられないの?」
「それはできません、私の魔力の届く範囲でないと移動魔法は使えないんです」
「じゃあ私をもう一度、あの場所へ連れて行ってくれないかな!」

「策もないのにそんなことさせるわけがないじゃないですか!!」
「お姉ちゃんが大変なんだよ!!」

「ちょ、ちょっと二人共落ち着」
「お主ら落ち着くですだよ……」

白熱する空気に制止の声があがるのだけれど、その声に僕を含む全員が驚いた。

「雪乃なら大丈夫ですだ」
眠っていた仙人さんが、目を覚ましたのだった。



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