「…………?葉折、君?」
何が起きているのだろうか。 とりあえず、葉折君がうずくまって叫んでいるのだから良くないことが起きているという事だけは分かる。
「僕が帰る場所は小坂君の家だ!それ以外になんかない!!」
また叫ぶ。 でもその声はとても辛く悲しそうで。
現実から逃げようとしているようだった。
……いつしかの僕みたいに。 いや、僕のことはどうでもいいんだ。もう解決済みだ。 ……『帰る』? 違う、あの二人が無理矢理月明本家に帰らそうとしているのか…………! 「葉折君ッ…………!」 葉折君だってあんなに拒絶しているんだ。きっと本人だってそれを望んでいないはずだ。 ならば、助けるのみ。
「わわっ!?っと……」 凄まじい衝撃と、地響きが起きた。発信源を探してみると、空美さんがコンクリートの床を砕いていた。 あの子、あんな芸当出来たのか。 ……今度教えて貰えないだろうか。
ついでに後ろ……すなわちアリスさんの方をチラッと見てみると、嵐はおさまりアリスさんの身体は砕けていた。 多分アリスさんの魔力は尽きていないし、核は魂だと言っていた。まだ再生出来るだろう。 だけど、あそこまで砕いたんだ。少しは時間がかかるはず! 僕は心置きなく葉折君の元へ駆け寄った。
「葉折君!!大丈夫ですか!?」
葉折君は虚ろな瞳でどこかを見つめていた。 「嘘誠院……!」 「今は邪魔をするな!『暴風龍』!!」 「兄貴を連れて帰るチャンスなんだ!『砂嵐』!!」 葉折君の弟二人は忌々しそうに僕を見ると、砂嵐を纏う風の龍を繰り出した。 「…………!くっ」 しまった。 風と砂で出来ているから攻撃が出来ない。 「すぐそこに居るのに……!」 やっと誰かを守りたいと思えるようになったのに、僕は逃げ回る事しか出来なかった。
「……ごめん、音無」 不意に僕に謝罪するそんな声が聞こえた。 「え?」 葉折君の方を見てみると、葉折君は自分の腕に注射器を突き刺していた。 「僕を月明本家に連れていけ。今すぐ……に…………」 そして葉折君はそう言うと、ぷつりと何かが切れたかのように倒れてしまった。 弟二人は、それを見て満足そうに笑うと、葉折君を両脇から抱えてどこかへ行こうとした。 「待ってください!葉折君をどこに連れて行くつもりですか!?」 そんな事はさせない。
だって、僕に謝罪する葉折君は泣いていたのだから。
「しつこい……」 「ああしつこくて結構ですよ!!『鎖ノ……」 「おい人形!!何時まで寝ている!!」 「五月蝿いなぁ……あなた達は身体を砕かれても復活出来るの?」 砂嵐を纏う風の龍に襲われてでも、鎖で二人を止めようとしたら、龍からアリスさんの声が聞こえた。
「……え?なん……で…………」 「忘れたの!?私は“土”の人形遣い!砂だって扱える!!」 見る見るうちに龍はアリスさんの姿へ変化し、そして、動き出した。 僕は反応できなかった。 驚愕は、戦場では命取り――…………
「ぐあああぁぁぁぁっ!!」
気付けば僕は、凄まじい痛みと共に、地面へ倒れていた。 左足に激痛が走り、全く動かない。 「アキレス腱を、切らせて貰ったよ……」 コツコツと、足音が近付いてくる。 「アリス……さん…………」 僕の目の前までくると、アリスさんは砂の龍から出来たアリスさんと融合した。 「全身を砕かれちゃった時はどうしようかと思ったよー」 楽しそうに笑いながら、アリスさんはしゃがんだ。 「っ!!」 「誰に教えて貰ったのか分からないけど、なかなかやってくれたよね…………」 アリスさんは僕の髪の毛を掴んで、無理矢理目を合わせた。 マズい、笑っているけれど、目が笑っていない。そして僕の身体は動かない。 「いやー、アキレス腱初めて切られたならもう動けないと思うよー?」 チェックメイトだよ、とアリスさんはにっこりと笑った。
「それじゃあ、死んで貰おっか?大丈夫、痛みは一瞬だけだから」 アリスさんはナイフを構えた。 ……あーあ、使いたく無かったのにな、奥の手。
「いいえ、僕はまだ動けますよ!!『死滅ノ瞳』《カウントダウン》!!」
意を決して、僕は右目の眼帯を外した。 瞬間、視界が真っ赤に染まった――…………
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