「そんな……ここが脱出に最善の筈なのに…………!」
何処からか聞こえた敵の声に、仁王君が狼狽えた。もしかしたら自分を責め始めるかもしれないけれど、僕としてはこれがやっぱり最善の選択で、どうしても戦いは免れられないのだと思う。
そんな事より、敵の姿が全く見当たらないのだけれど。 この広い部屋は障害物も死角も何も無いのだから、隠れているということはないはず。……と言うことは。 「…………うわ」 少し視線をずらすと、さっきから僕達を殺すことしか考えていない思考の持ち主を見つけることが出来た。 長い前髪で顔の半分を多い、二本の三つ編みを垂らしている一見大人しそうな女の子。それが、頭を下にして壁にへばりつき僕達を見下ろしていた。 「えぇっとぉ……誰ですかぁ?あ……やっぱりいぃです雷ちゃん殺しちゃいますからぁ」 そのまま雷ちゃん(仮)は壁から飛んで空中で一回転すると綺麗に着地した。綺麗に着地したのだけれど、動きには切れが無くぐにゃりとどこか歪んでいて気持ち悪い。普通に立っているだけなのに彼女はどこか歪んでいるように見えた。 僕はこの動きに少しだけ覚えがある。 ……というかトラウマが。
ぐにゃりと、また彼女は動いた。 ……確か、この動きは掌から衝撃波が飛んで爆発が起こる。 思い出すと同時に僕の身体は勝手に動いていた。 突き出される右腕側に回って腕を凍らせ衝撃波を殺しつつ彼女の頭に思い切り氷でコーティングした右ストレートをお見舞いする。
「…………はれぇ?」
下半身はしっかり立っていて上半身は殴られて床に頭をぶつけている気持ち悪い姿勢を披露しながら、彼女は不思議そうに言った。……うわぁこの気持ち悪さまで一緒だ。 「あなたはぁ……雷ちゃんを知ってるんですかぁ?」 「いやぁ、四六時中人を殺すことしか考えてない子なんて僕の知り合いには居ないよ」 「嘘つきぃ……」 可愛く頬を膨らませられた。いや、そんな動作をする余裕があるのならまずは気持ち悪い姿勢をなんとかしてほしい。……殴りつけている僕が言うのもなんだけれど。 「ぬおお……猫神が凄く機敏だったですだ……っていうか誰だお前!」 「……九十九雷さんです。それはもう殺人狂の問題児です」 「あぁー、指揮官そんな目で雷ちゃんを見ないで下さいようぅ」 「……体勢を戻したらどうですか?」 空美ちゃんが露骨に嫌そうな顔をしている。雷ちゃんはどんだけ迷惑をかけているのだろうか。
「五月蝿いと思ったら変態兄貴じゃないか」 「いつも、五月蝿いと思ったら変態兄者が居る」 そんな事をしていたら雪乃がぶち壊した壁から見覚えのある二人が現れた。 「甲骨に五樹…………ちょっとお前たち僕をなんだと思っているんだい?」 「「変態」」 「………………!!」 二人は素直に言っただけなのに葉折君が物凄い形相になっていた。……あれは兄弟の問題として任せておくとしよう。
「あっれー?乗り込んできちゃったんですか?」 「……アリスさん」 「覚えといてくれてありがとー、嘘誠院音無」 また別の方向には、以前僕達を襲撃したアリスちゃんがいた。多分、このまま次から次へと増援が現れるだろう。
「全く、埒が明かない」 「…………ッ!?」 僕は作った左腕で思い切り雷ちゃんを殴り飛ばしながら呟いた。 どうやらそれが合図となってしまったらしく、アリスちゃんと月明兄弟が動き出していた。 ちらりと仙人の方へ目を向けてみると、どうやら追いついて来てしまったらしい海菜ちゃんと、見知らぬ双子の姉妹達へ炎をはなっていた。
「余所見しててぇ……いいんですかぁ?」 「ッ!!……ぐっ」
全く、なんて動きだ。 不意打ちで殴った筈なのに、雷ちゃんはもう戻ってきて僕のこめかみに掌からの衝撃波を出していた。 脳が直接揺さぶられる感覚がする。 「殴り合いは好きじゃないなぁッ……」 ギリギリの思考で氷柱を雷ちゃんの背骨めがけてぶつけながら言った。 「いたぁ……」 また気持ち悪い動きで立て直そうとするから、すかさず追撃した。隕石のように、氷の塊を雷ちゃんに落とし続ける。 ……雷ちゃんを見ていると、トラウマというか、記憶をほじくり返されて気分が悪い。 「……荒れてるわね」 「……雪乃」 「躍起になってるみたいだけど…………効いてないわよ?」 「………………」 確かに巨大な雹が降り注ぐ状態だと言うのに、雷ちゃんは歪に立っていて、そして笑っていた。
「…………うう」 気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
「あははぁ……これだけですかぁ?」
愉しそうに、狂気じみた笑みを浮かべる雷ちゃんに、僕は完全に気圧されていた。精神的には、既に負けている。 「手伝うわよ、綾」 雪乃の声に少し冷静さを取り戻しながら思った。
もしかしたら、雷ちゃんは僕がずっと探していたあれかもしれない。
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