寝不足の為に吐気共に目眩が僕を襲う。頭は霧がかかった様にハッキリと冴えないし視界は霞む。 まったく、罪な人だと思う。 当の本人は「うーん、やっぱり布団があるっていいね」と大きく伸びをしているのだから余計に。 その名前通り猫の様な仕草に胸が締め付けられる。やっぱりこれは一夜限りなんかのものではないようだ。しかもかなり重度。気がつけば視線が猫さんを追っている。 そう言えば、読心術を心得ているのだったら僕の想いにも気づいているのではないだろうか。 そう考えると心臓の痛みが増した。痛い痛い。というよりも顔から湯気でもでてるんじゃないだろうか。告白していないのに既に想いが伝わっているというのは、考えてみれば考えてみるほど恥ずかしいものだ。 「うあああああああもうとてもじゃないけど恥ずかしいというか耐えられないというか穴があったら入りたいというかあああああ」 あくまでも小声。ボッソボッソと何かを呟く自分を鏡に見て、心底引いた。凄くキモい。気持ち悪い。何で猫さんを居候させたんだろう、僕。こんなことならば意地でも帰ってもらうべきだった。僕はこれでも一応召喚士なのだし、力業で脅して僕に関する情報を固く口止めさせる手も無くはなかったのだ。 しかし、後悔先に立たずとはよく言ったもので。過去はやり直せない。そして彼女を追い出す勇気なんて僕にはない。一目惚れの為に思い浮かぶ考えが随分と物騒であるということに、ただただ嫌悪するだけだ。もう、こうなったら自棄だ。 好きです。猫さん大好きです。笑顔とか、本当に。 ……心の声で告白とか、出会って二十四時間も経っていないというのに、まあ随分と僕の恋心は安いものだ。一応、それだけの魅力が猫さんにはあるのだから仕方ないと言い訳をしておくけれど、自分すら騙せないような気がする。しかし、断じて僕が惚れっぽいとかそんなんじゃないとは言い切れる。そんなんじゃない、筈。 心の葛藤の末の一大決心。一大決心の告白。心の中で、ってところがヘタレ臭がするけど気にしない。 さあ、猫さん。答えて下さい! 「音無君、出ないのかい?」 「……へ?」 帰って来た声は予想を遥かに上回って、最早告白に対する返答などでは無かった。出る? どこに? 「いや、さっきからずっとインターホンの音が凄いんだけど……あれ? 気づいてなかった?」 いやいやまさか気づいてない訳がないか、と苦笑する猫さん。その表情もなかなか(以下略)。 インターホン? 意識を周囲に向けると、果てしなく鳴り続くインターホンの音が耳に届いた。 『ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ……』 「どんだけ押すんだよ!」 思わずツッコミを入れてしまった。 「キャラが崩壊してるよ音無君。早く出たら?」 「あ……は、はい。…………あの、猫さん?」 僕の、一大決心の返答を促した。 「ん? どうしたの? 何かあったかい?」 「……いえ」 「? 変な音無君だねぇ」 本気でわからないという顔だ……。な、何だか居た堪れなくなってきた…… 「うわああああああああ」 「音無くん!?」 顔が熱い。居ても立っても居られなくなったので逃げた。 インターホンさん(仮)逃げ場をありがとう。もしこの場でインターホンさんが居なかったら、猫さんが僕の告白に気付いてくれた可能性もあるけれど、それでもありがとう。どうせ過去は変わらないから。 まだ鳴り続ける『ピ』の音。 『ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ「はいはい今でますよ!」ピンポーン……』 止まった。未だに残る羞恥心に自然と扉を開く手に力がこもる。 と、次の瞬間。 ドグシャアアアアアアアアアアアッ!! とか、そんな感じの激しい音がした。それは紛れもない破壊音で、思わず「あああああああああああああああああ」と叫んでしまう。 扉が吹っ飛んだ。じゃなくて、木っ端微塵になった。 「え!? あああああ修理費がっじゃなくてドアがあああああああ!!」 何が起きた! 何が起きた! 何かが起きた!僕の羞恥心パワーが凄いのか!? そんな訳ないだろ! 何が起きた! 何が起きた!! 取り敢えず放射線状に吹き飛んだ扉の破片を拾い集めようと試みる。 いや、何がどうなる訳でもないけど。ゴミを散らかしたままにするとお隣さんが五月蝿いから……。手が震えてるとか小さいことは気にしない。 とか言い訳をしてみるがやっぱりどう考えても 違う。明らかに動揺している。冷静なように見せかけただけで、全く冷静ではない。 破片を拾っていると、視線の先に転がる緑色の物体が視界に入った。なんだろう、あの丸い緑の布に包まれた物体は。贈り物か? 「………?」 「けろっ!」 軽く突っ突いてみた。うん、大丈夫、ただの布だ。引き続き扉だったものを拾い集める。 「…………」 「…………」 「……………………」 「……………………けろっ!」 ……や、やっぱり何かいるっ……ぶにってしたし、ぶにってしたし! わりと好感触だったけれど。 「…………あの……?」 会話を試みると、シュバッ!! とかキラーン! とかいう効果音と共に布の塊が小さい女の子になった。 「友達は愛と勇気とお金と蛙くんたち、そしてその他諸々ッ! 蛙の妖精CHA・N☆雨宮気流子! 参・上☆」 空気が凍り付いた。え、何ですって? 妖精? よくわからない。「お帰り下さい」と言って家の中に入りドアを閉めた。僕は寝不足で頭が痛いんだ。勘弁してくれ。 数秒の沈黙。 「おいおいワトソン君、君の国では客人が来たら部屋に篭るという風習でもあるのかなっ? お母さんはそんなこと認めませんよ! このっ……卑怯者!」 更に鍵をかけた。と言っても玄関の扉は既に無いので玄関の先にあるリビングへの扉を使用している。 だから既に家の中への侵入はされているのだが……金目のものなんて生憎我が家には無い。まあ、そこまで頭が回る相手とは到底思えないけれど。 「貴方に卑怯者なんて言われる筋合いはないですよ。人ん家の扉粉砕しておいて何を言ってるんですか」 「だからそれは謝ってるじゃん!」 「いつ謝った! ……なんでしたっけ、妖精?」 「蛙の妖精CHA・N☆」 「お帰り下さい」 どう考えても頭のネジが外れている。本当に勘弁してほしい。こっちは立ったままでも寝れそうだというのに。なんて考えていたら自然とあくびが漏れる。 「ふぁあ……」 「おや、音無君寝不足かい? 駄目だよちゃんと寝ないと」 僕より身長の高い猫さんが後ろに立った。 「……誰の所為ですか」 「? ……あれ、気流ちゃん?」 「おおーっと! 聞き覚えのある声は何処カラーッ!? ……あーっ! 猫さん!!」 え? 猫さんが扉を開いて出ていってしまった。 あの少女の反応を見る限り、二人は知り合いなのだろうか。 「わーっ猫さんだーっ! お久しブリッツ☆」 「ん? うん、ぶりっつぶりっつ……ん? ブリッツ?」 「猫さんお腹減った!」 「そうだねぇ」 「猫さんも!? よーっしワトソン君、お茶を用意して差し上げなさい!」 「僕の家ですからね!」 「いいからお茶を出さんかッ!!」 「何で日本の雷親父風に言った!?」 何故だ。何故この会話だけで僕はこんなにも疲れなければならないんだ。 「まあまあワトソン君もお腹減っただろ? ここは大人しく皆でご飯を食べようじゃないか!」 「わーいっ!」 「ちょっと待って下さい?」 今、”皆”って言いませんでしたか? なんて言葉は二人に届かない。届くどころか消されてしまう。 「さあー作るぞーっ気流ちゃんおいでー」 「らじゃーっ」 可愛く敬礼して付いていく少女。 通りすがりに猫さんが僕だけに聞こえる様に呟いた。 「……気流ちゃんの食べ物に対する執着を嘗めない方がいいよ」 「え?」 僕はその言葉の意味を理解出来ないでいた。
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