「……小坂君」 「……はい」
魚のようにビチビチと動く気流子が、どこか威圧感のある声を発した。それにつられて俺は敬語になってしまった。我ながらヘタレだと思った瞬間である。 「いや、誰がヘタレだ」 「ヘタレ君」 「違う!!俺はヘタレじゃない!」 「ヘタレたドM君」 「最早誰だよ!!名字のイントネーションを変えるな!名前をドMに改名するなぁぁぁぁ!!」 何故俺は監禁されている(かもしれない)状況なのに、気流子と漫才をしているのだろうか。緊張感は一体何処に隠れているのやら。 「それは気流りんがシリアルにして食べました」 「食うなよ。もう、シリアスとシリアルはしなくていいぞ」 ……嗚呼、疲れた。 それにこいつがシリアルを食べたなんて言うから、腹が減ってきた。そういえば朝飯を食っていない。 朝起きて、朝飯の準備をしようとしていたところから今起きるまで、スッポリ記憶が無いのだ。 「あいつら朝飯どうしたかな……」 猫神が作っていないことを祈るばかりだが、確か雪乃は猫神の親友とか言っていたから全力で止めてくれただろう。誰もあんな料理、否、兵器を食べたいとは思わないだろう。
「……小坂君」 「なんだよ」 猫神の料理を食べて意識を失った時の事を思い出していたら、またも気流子が威圧感のある声を発した。
「気流りんはお腹がすきました」
続けて威圧感のある声で発せられたのは、この一言だった。 どうやらこんな状況でもこいつは空腹の方が重大らしい。なんで空腹だけでそこまで威圧感を発せられるのやら。 「お腹すいた」 「お、おう」 「小坂君、ご飯」 「この状況で作れると思うなよ」 「じゃあ小坂君の腕でも……」 「っ!?『腕でも……』じゃねえよ!!食うなよ!?」 「……ジョークだよ」 口をとがらせて気流子は言ったが、俺としては物凄く怖かった。冗談には見えなかった。食への執念が怖すぎる。
「ごーはーんー!!」 未だに気流子は魚のようにビチビチと動いていた。 別に拘束されているわけでも無いのに、どうしてこんな動きをしているのだろうか。余計腹が減ると思うのだが。
「目が覚めたのか……」 「観察してた頃から思っていたけど、こいつらの騒がしさは並大抵じゃないっすな……」 と、突然格子の外から見知らぬ女二人が現れた。 二人とも、どう見てもそっくりで全く見分けがつかない。 そして、猫神や雪乃までとは言わないにしても………… 「ハッ!!」 思考を停止する目的で、俺はコンクリートの壁に思い切り頭を打ち付けた。 危ない、危ない。こんな状況で俺は一体何処を見ているんだ。変態か。 「……小坂君はやっぱりドMに…………」 「止めろ。そんな目で俺を見るな」 「いや、額から流血しながら言われても説得力はないっすよ。なあ、怖目?」 「流石に月明家にもそのレベルのマゾはいないな……そうだよな?涙目」 何故か見知らぬ二人にまでマゾ扱いを受ける羽目になっていた。なんだこれ。 「えっと……ヘタレた小坂。それから雨宮気流子」 「イントネーションを変えるな!!」 「ああ?一々五月蝿いっすよヘタレ。お前は自分の状況を分かっているのか?」 「…………」 つい、条件反射で突っ込んでしまった。しかし、女に凄まれて黙る俺って…………。
「お前ら二人に頼みがある」 「頼みというより命令に近いな」 「ああ、そうだな。これは命令だ」 「勿論、従うよな?」
交互に二人は喋る。しかしどっちがどっちだか見分けがつかない。 「そもそも、こいつら誰だ……あ」 無意識のうちに口に出していた。マズい。かなり失礼なことを言った。 「…………ああ!私達まだ名乗ってないぞ涙目!!」 「決まるはずが無いわけだ!!」 監禁されているんだ。何をされるか分かったもんじゃないと考え、身構えていたら、それは杞憂に終わった。失礼なのだけれど、バカなのだろうか?こいつらは。
「私は九十涙目」 「私は九十怖目」 「お前達もよく知る、月明の分家だ」 「以後宜しく」
九十。俺はその名前に聞き覚えがあった。 つい最近聞いた名前。俺達を観察していたかもしれないという敵の、殺し屋の名前だ。 「……決まったな涙目!!」 「堂々と九十の名前を語れるなんて、私達もいよいよ実力派だな!!」 「「…………」」
殺し屋っていうのは、みんなこう、残念な奴ばかりなのだろうか。
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