―― この人は誰なんだろう。
ぼやける意識の中そんな疑問を抱いているボク 小さなボクを腕の中にしっかりと抱きとめていてくれるこの女の人は、一体誰なんだろう
さっきまでじっとを見つめていたこの人は今、どうしてか凄く焦っているみたいで。しきりにボクと外とを交互に見ている 額ににじむ汗はいつしか僕の額に落ち、それに気づくとその人は一生懸命拭ってくれる ……この人は一体誰で、ボクはどうして動けないんだろう?
恐怖にも似た感情に蝕まれ始めると、女の人が何かに気づいた様にボクを岩の影に隠してしまった。何も見えない
・ ・ ・
「出て行け!!」 額に汗を滲ませながら必死に雪乃は叫んでいた。 「……出て行けって……それはないんじゃないのかい?……せつ」 「呼ぶなッ!!」
雨宮雪乃。僕と同じ様に音無宅に居候していた少女、雨宮気流子の実の姉であり僕の大の親友 「出て行けーッ!!」 白銀の髪を揺らして先程から同じことしか叫ばない僕の親友は、最後に対話した日とは大分印象が違うように見えた。それが焦っている所為なのか嫉妬心からなのか、心が乱れていて上手い事読み取れず苦戦しているのだ。もしかしてもしかしなくても僕の所為っだたりするかもしれない
「ちょっと……何もしてこないみたいだしお灸据えてお持ち帰りしちゃおうよ」 葉折君も先ほどと打って変わって余裕のない幻術士に困惑しているようだった 「いや……お持ち帰りって……女性に乱暴するのはちょっと……」 「君はどこの紳士を気取っているんだい!?」 「いや、先に手を出してきたのはあっちですだ……今回ばかりは変態に賛同するですだ」
「ちょ……ちょっと!?やめてくれよ一応戦力にするつもりなんだから……!」 指を鳴らす仙人に僕が止めに入る そろそろ三人もしびれを切らしてきたらしく、苛立ちが見え隠れしてきた
「帰れ!綾の協力無しじゃ自力で脱出もできなかったくせに……一生家の前で寝てりゃ良かったんだ!!帰れ!!」 それって僕も一生寝ていても構わなかったみたいな口ぶりなんだけど。ますます思考回路が鈍っている様が見受けられる 「なんか……彼女が何をしたいのかわからないんだけど」 微量の毒を吐きつつ延々と同じことを言い続ける雪乃に葉折君がついに行動した
「ねえ」 「!……来るな!」 一歩、また一歩と。少しずつ近づいていく彼に合わせて雪乃も後退する 「おい」 「あっちに行けガチホモ乙女!」 全力で拒否反応を起こしている。そう言えば雪乃は大の男嫌いだった。どうして葉折君を向かわせてしまったのだろうか……失敗した 「普通に変態って言ってくれた方がまだ気持ちいいんだけどね」 黙り込んでしまった雪乃を数秒眺めると微妙な表情をして戻ってきた。何やら気づいたことがあるようで、葉折君がこんなことを言った 「なんか……助けるだのどうのこうの言ってたけど」 「助ける?……あ、もしかすると岩の影にいる人のことかな」 すっかり微弱な生命反応となって風景と同一化してしまっていた。慣れって怖いね
案の定僕の言葉に反応して手にしていた槍の様なものをひと振りして再び同じことを叫び始める雪乃。冷静さを失った者は幻術士でなくとも自滅するものだ
「……なんか、やる気まんまんって感じですだな……」 我先にと一歩前へ出る仙人 「ちょ、っと待っ……」 雪乃は話せばわかる筈なんだ、理性さえ失っていなければ
「どぉぉぉぉぉぉぉおんッ!!!!」 「ぎゃああああああ!?」僕が仙人の肩を掴もうとする瞬間、背後から緑色の影が飛んできて乱気流を起こしながら仙人と一緒に洞穴の奥へと飛んでいった。 「間違いなく今の気流子さん……ですよね」 「ああ……仙人、飛んでったね……」 あれ、葉折くんもいないや
慌てて三人を追いかけると、仙人が気流ちゃんにゲンコツをしようとしているところだった 「いっつもいっつも……危ないですだよ!?……めっ!ですだ」 「妹に触るな!」 振り下ろされようとした拳は姉の雪乃によって払いのけられた 「……お姉ちゃん」 「「お姉ちゃん!?」」 葉折くんと仙人が"お姉ちゃん"という言葉に過敏な程までに反応する。そう言えば僕の親友だとしか説明していなかったな。空美ちゃんはまだ仲間に加わったばかりのせいか状況がよくわかっていないようだ
「ちょちょちょちょーっと待つですだよ気流子!お前"お姉ちゃん"なんかいたですだか!?」 「確かに目鼻立ちは似てる……様な気がしないでもないような」 「や、腹違いってやつです」 混乱する二人を冷静に対処する気流ちゃんも雪乃同様普段とは違った印象を受ける いや、多分それ以上説明する気がないだけなのだろうけど
「……でやっ!」 未だにブツブツと何かを唱えている雪乃に気流ちゃんは力いっぱいビンタした(様に見えた)。 気流ちゃんの力いっぱい……つまり、雪乃は砂煙を上げながら壁に穴を開けたのだ。自身の体で 「「はあ……」」 目の前で起こった出来事にあんぐりと口を開けて佇む葉折君と空美ちゃん。……無理もない。僕も最初は心底驚いたものだ。この姉妹の喧嘩は破壊されるものが多くて困る 因みに言うと雪乃も叩かれるだけでは終わらなくて 「みんな伏せて!!」 派手な爆発音と共に大きな岩を持った雪乃が帰還した。その岩は気流ちゃん目掛けて投げられて、気流ちゃんはそれを素手で破壊する 「うー……っ痛い!」とかなんとか言いつつも雪乃に殴りかかる気流ちゃん。一見コミカルなだけあって少し背筋が冷たくなる。手が血で染まっている
気流ちゃんは雪乃目掛けて拳を振った……かと思いきや、雪乃の頬を両手で被った。 「お姉ちゃん」 「……気流子、わた」 「目を覚ませぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」 明らかに我に返っていた姉にトドメを刺した気流ちゃん。仕上げは実に鋭い頭突きだった
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