目が覚めると、僕は当然のようにベッドに寝かされていた。しかし病院ではない。見覚えのある天井だ。というか僕が小坂君に借りている小坂君の部屋だ。
とりあえず身を起こそうとする。
「ちょッ……!?」
起きようとした瞬間に何かが飛んできた。それを僕は再び身をベッドに預けることで回避する。
ベッドのすぐ隣にある壁に、一本のメスが刺さった。
このまま起きようとしていたら間違いなく僕に刺さっていたであろう高さに。

「小坂君殺す気ですか!?」
メスを投げた張本人が部屋に入ってきたところで、猛抗議をする。
「動いたら殺す」
更にメスを一本僕のすぐ隣……つまりベッドに刺しながら小坂は言った。これ以上ない脅迫だ。
「ったく、無茶をする……」
「?何がですか?」
「何がってお前な……傷は左腕と背中に一カ所ずつだけど左腕のは結構深かったからな?神経がやられててもおかしくないぞ」
溜め息をつきながら小坂君は言った。その顔は呆れてすらいる。
左腕……そこまで深く刺さっていたのか……。通りで刺さってから左腕があまり動かなかった訳だ。神経、無事だといいな…………

「……さて音無。その不安の残る腕をなんとかするぞ」
動くと殺されるため、天井を眺めながらボーッとしていると何やら紙を持った小坂君が言った。
小坂君は手にしていた紙を僕の左腕の下に置く。左腕には魔法陣が描かれていた。
「……って、え……小坂君魔法つかえるんですか!?」
「そりゃあ……一応治療士だからな」
ほれ。と、小坂君は僕に治療士の免許証を見せつけた。
治療士になるには医療の知識は勿論技術も必要なわけで。小坂君はかなり凄い人となる。驚愕だ。ただのプージャー(プーマのジャージの略)男ではなかったわけだ。
「……今なんか凄く失礼なこと思ってなかったか?」
「気のせいですよ」
勘が鋭いのは女の特権じゃなかったのだろうか。ジト目でこっちを見ないで欲しい。見つめないで!いやんっ!!……何をやっているんだ僕は。
「じゃあ、やるぞ」と小坂君は深く息を吸って、吐いて、また吸ってそして言い放った。


「奥義、メス!!」


右の頬の内側を噛み締めた。腹筋がブルブルいっている。
なんだろう……この真剣に残念な人は。シリアスなシーンでもこれやるのだろうか。緊迫した空気が一気に和むぞ。
「……音無」
「な……なんですか?」
人が必死に笑いをこらえている時になんて姑息な……!!
噛みしめていた右頬の内側から血が流れ出ているのを感じた。こんな事で口内出血とかバカとしか言えない。
「やっぱり『奥義メス』とかヤバいよな……?」
「……場が和んでいいんじゃないですか……?」
「うるっせえよこの野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
顔を真っ赤にしながら僕を殴り小坂君は部屋から出て行った。
神よ、僕は今ここでなんと言えば良かったのですか。
笑わなかっただけ偉いと思って欲しいところなのだけれど……そんなところ、誰も評価してはくれないだろう。

さっきの小坂君を思い出してもう一度笑いそうになったところで、左腕を見た。
左腕は元から傷なんて無かったかのように綺麗で、痛みもなくしっかりと動いた。それが凄い事だと分かっているのに『奥義メス』のせいで全く凄いと思えないところが残念だった。

「音無ーッ!!粥を作ったですだよーッ!!」
「音無逃げて超逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
左腕を眺めていると騒々しく仙人さんと葉折君が部屋に入ってきた。仙人さんの手にはお粥の入ったお椀がもたれている。
仙人さんはチャイナ服だから、中華料理を運んでいるように見えた。
「葉折、邪魔ですだよ」
その仙人さんが持っているお椀を決して僕に渡そうとしない葉折君に仙人さんが言った。
「……何してるんですか?」
二人がバスケをしているようにすら思える光景に突っ込みする気すら失せる。
「聞いてくれよ音無!!このお粥を食べた小坂君がオチたんだよ!!」
「あの粥……実は猫神が手を加えたですだよ……」
「なんだってぇぇぇぇ!?」
仙人さんにより明かされた事実に驚愕する葉折君。小坂君が何気に被害者になっていて不憫すぎる。
というか猫さんはまたダークマターを製造したのか。

「猫さんどうしたの?」
「ん?ああ、気流ちゃんは仙人と葉折君が何処に居るか知らないかい?」
「ワト無君の部屋だと思うよ〜」
「やっぱり音無君のところか……僕、音無君の部屋知らないんだよね……」
「2人になんの用なの?」
「用っていう用じゃ無いんだけどね……まだ、あのお粥に僕特製のトッピングを入れてないのに仙人が何処かに行ってしまってね」
「…………」
「味見した小坂君は直ぐに寝ちゃったし……」
「…………」

何処からか恐ろしい会話が聞こえてきた。
その前に猫さんは猫の姿でどうやって料理をしたのだろうか。凄く不思議。
「ヘタレはなんか疲れていたですだからな……すぐオチたですだよ。」
「だから仙人が猛スピードで運んだんだね……」
「二人ともありがとうございます……心の底から感謝しますよ。命の恩人ですからね」

この日、僕は友情の素晴らしさを噛みしめたのだった。



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