ある日ある場所ある時に、ひとつの大罪は生まれた、
 それは儚くとも偶然で、悲しくとも必然で

 いつかは必ず起こり得た事だった。



 とある町外れの森の中、二人の兄弟が小さな小屋に暮らしていた。
 弟は大人しく、最低限の礼儀を弁えており、
 兄は大人びていて人当たりがよく、何よりも誰よりも人々に愛されていた。

 弟よりも足が速く
 弟よりも利口で
 弟よりも魔法に長けていた。

 弟よりも両親に愛されていた。

 本来あってはならない親の子への冒涜。
 兄と自分との扱いの差に少年は違和感を感じないではいられなかった。

 何をするにも自分の遥か上を行く兄を、出来の良い兄の才能を、両親は大袈裟な程に愛でた。
 少年へ向けなければならない愛をも兄に向けてしまった。狂ってる。誰もがそう思う程に兄に執着してしまった。

 ある日を境に少年は心を閉ざした。

 人間とは感情あってこその生き物。愛が無くなってしまえば心も消える。壊れる。散る。
 脆く儚く狂う。それはまるで歯車のように、呆気なく。


 少年は庭で魔術練習をする兄を見て、ふと考えた。


 兄の力が自分に備わっていたなら、自分が兄を手に入れることが出来たなら。
 兄が、アイツがいなければ自身はもっと……楽しい人生を送ることが出来る。

 必然的に、その考えに至ってしまった。
 壊れた歯車はもう止まることはできない。


 それがどの様な意味を示すのか、わかるだろうか。





 月照らす夜、光も届かない部屋に兄を呼び出し 彼は     ――――……少年音無は一つの大罪を背負った。






「お、とな……し……?」
「は、ははは! あはははははははははははは! やった……やったぞ、兄さんを、兄さんを!!」

 召喚獣に。


 月夜以上に輝く小さな小屋。分厚い本。部屋いっぱいに広がる無数の魔方陣。中心に倒れるガラス瓶。
 雷の様だが黒い光を放つエネルギー。それに包まれ自身の影の中へと消えた自身の兄。

「はははははははははは!! あははは! あは、は…………は、は、……は……は……」

 部屋に響く少年の狂った笑い声は勢いを失い、徐々に乾いた笑いへと変化していった。
気づいたのだ。気づいてしまったのだ。自分が何をしたのか。

 この魔に包まれた世界においてのルールの一つ。召還師の資格を持たないものは召喚獣を所持してはならない。
 もう一つ。人命に関わる禁魔法の使用は厳重な処罰に値する。

 兄を召喚獣へと変えたこの儀式もまた禁魔法に含まれていた。
 更に兄への憎悪でいっぱいいっぱいだった少年は召還師の資格など持っていない。

 状況は最悪。笑う気力も失せ、少年は一心に虚空を見つめていた。



 少年は数ヵ月後に必死に猛勉強し、召還師の資格を取った。
 兄を召喚獣へと変えた大罪は隠し通した。


 だが、既に世界は動き出していた。
 狂った歯車は止まることを知らない。少年はそのことをまだ知る由もなかった。




 ――― 気づくには遅すぎた始まり。少年音無の大罪は世界を揺るがした。



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