眠い訳だけれどやはりなかなか寝付けない。 僕はそんな矛盾した悩みに悩まされていた。
……寝付けないというより、脳が思考を停止しないというか……。 考えるのは葉折君のこと、仙人さんのこと……ううん、みんなのこととこれからのこと。 僕が未来のことを考えるなんて思っても居なかった。 狂偽兄さんを召喚獣にする前は嫉妬や自分の無力さに生きることが苦痛でしかなかったし、狂偽兄さんを召喚獣にしてからは偽善心からの罪悪感に苛まれていて……。 苦しみから解放されたいと、死を望んでいた……。
だからなんだろうな。 今のこの状態が、今まで僕になかった『家族』と『幸福』に満ち溢れていて手放したくない物になっている。 だからこそ、守りたい。 不安ごとは潰したい。 誰だってそうだ。でも、僕には今まで無かった。
「うーあーあー!!」 言いようのない恥ずかしさとかその他諸々に襲われてベッドをゴロゴロと転げ回る。 猫さんが「辛かっただろう?」とか初めて会った時に言ったのも僕の今までを読んだからなんだろうし。 嗚呼、読心術とかチート。
それにしても葉折君はどうしたんだろう。今日はどこか不自然だった。一応月明家は殺し屋組織なんだけど……。 そういえば僕はみんなが僕の家に来た理由を知らない。 なんで来たんだろうな?
やがて思考も上手く回らなくなり僕は自然と意識を手放していた。
・ ・ ・
翌日のこと。 何時までも小坂君の家に居座るつもりもないので、家の修復を開始した。 猫さんが玄関を壊した時とは訳が違う。半壊だし。半壊だし。ローン残ってるし。半壊だし。はんかry 汚れる作業だし、今日はマントを着ず作業服を着る。暑いから作業服はあまり好きではないけれど、作業し易いしやむを得ない。 そういえば小坂君はいつ見ても同じ様なジャージを着ているのだけれど……。 あの性格からすると同じ様なジャージを何枚も持って居るのだろうか?他の服は持ち合わせて居ないのだろうか?
「…………暑い」
やはり暑い。 しかも一人で半壊した家を修復するのは心が折れそうだ。泣きたい。暑いし。 上は半袖Tシャツだから肌が焼ける。暑い。 日焼けはあまりしたくない。シミとか出来たくないし。暑い。
「あ!音無、僕もてつだ……ぶふっ!!」 いいタイミングで葉折君が来た。ところで葉折君は何故吹き出した。僕の格好がそんなに可笑しいか。吹き出すほどダサいか。
「音無……作業服に上をはだけさせて半袖Tシャツなんて反則だよ……!!」 「……はい?」
意味の分からない事を言い出す葉折君。頭がおかしくなったのだろうか。……いや、何時もの事だった。 とりあえず汗を拭いながら葉折君の方を向く。後ろを向きながら会話するのは失礼だし。
「腕で汗を……!何より鎖骨!
眼福じゃァァァァァァァァ!!」
前言撤回。前を向かなければ良かった。誰かこの変態をどうにかしてください。バカは死なないと治らないようだけれど変態は治りますか?治してほしいんですけど。無理ですかね。 葉折君は僕を見るなり噴水のように鼻血を噴き出した。 わー、真っ赤だなー。
「その女装……変態の兄者?」 「変態に成り下がった兄貴?」
噴水を眺めているとそんな声が聞こえた。 女装や変態と言うから多分葉折君の事だ。 で。
兄者? 兄貴?
葉折君が!? 葉折君に兄弟が居たと!?
別に居ても悪いことは無いのだけれど、すごく衝撃が走った。
「……甲骨に五樹かい?……一体何をしに……「何をしているのか聞きたいのはこっちだ兄者」 「何をグズグズしている兄貴」
それまで鼻血を噴き出していた葉折君が一変する。 目を細めて眉を寄せ、眉間には皺が寄っている。こんな葉折君の表情を見たことがない。 僕は葉折を初めて格好いいと思ったし、怖いと思った。
一方、葉折君に甲骨と五樹と呼ばれた二人。 二人は双子でありどちらが甲骨君でどちらが五樹君なのかは分からない。 2人を見てまず思ったのは2人とも感情を感じさせないということだった。 そして2人とも、気持ち悪い程によく似ている。
「…………」
2人の問いかけに葉折君は沈黙を貫く。 状況を掴めない。一体どうしたのだろうか。
「そうか兄者は答えないのだな」 「兄貴は仕事を放棄したのだな」
「「なら俺達で始末する」」
交互に話していた2人が声を揃えると風が木を揺らし始めた。 そして気付けば2人は僕の両隣に拳を構えて立っている。
「ーッ!?」
とっさの事で動けない。とにかく2人が力を貯めている一瞬に僕は防御を集中させる。脳は思っていたよりも冷静だった。
衝撃は一撃だけだった。 それも防御でなんとか防ぐことが出来、僕に特に被害はない。 そうなったのは葉折君が片方を止めていたから―…………
「これは僕の仕事だ。僕がやる。だから今は、帰ろう。どんな処罰も受ける―……」
もう、葉折君の言っていることも僕が攻撃された理由も分からない。
仕事?処罰?
帰る?
葉折君の言葉に2人は渋々と言った感じで納得し、背を向けて歩き出す。
「……ごめんね、音無……。僕は君を殺すために……ここに来たんだ……出来ればこんなこと言いたくなかった。敵対したくなかった。……ごめん……」 バイバイと、最後に言って葉折君は背を向けて歩き出した。
僕は追うことも、声をかけることも出来なかった―……
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