程なくして、会議が開かれた。 議題は、
―― 仙人さんの事。
例えたった数日の事だったとしても、あんな狂った人と共に暮らしていたなんて 僕を含む皆がとてつもないショックを受けただろう。
皆を集めたのは猫さん 長くて綺麗な尾をゆらりゆらりと揺らして、色々と駆け回ってくれた。 森の手前小坂君宅付近で気流子さんと葉折君、食材を求めて街まで降りて行った(ここはちょっとした山の中なのである)小坂君を追い掛けて行ったり。 ううん、猫さんは体力無い様な事を前に言っていたけど……やっぱり別の体だから、人間の状態よりはマシなのかな。 猫って軽いし何故か体力すげーし。流石獣と言ったところか。
蝋燭に顔を近づけ、静かに声を発し始める黒猫の猫さん。
「……皆、まずはごめん。眠いのに集まってもらっちゃって……大丈夫?気流ちゃん」
明らかに目を擦って眠気を飛ばそうとしている気流子さんを見て、黒猫の猫さんは肩を竦めた。まあ骨格的には有り得ないんだけど。 そう見えただけだって、妄想じゃないって。ほら。ペットを長いこと飼い続けると、実は色々な表情があることを知るって言うでしょう? それですよ。多分それ。
愛猫家になった覚えはないけれど。
「……ん……?」
僕も気流子さんの様に目を擦る。……何だろう、幻かな、夢かな。 もう一度黒猫の猫さんを見る。凝視。
…………お、
「おい!誰ですか!猫さんに首輪何て付けたのはあああああああ」
椅子を膝の裏で突き飛ばして無理矢理立ち上がる。机が大きく動いた。 猫さんの首には白くて丈夫そうな皮の輪が通されていた。つまり首輪。
「ペットか!失礼にも程があります!もう一度言いますよ。……ペットか!!」
「まあ落ち着きなよワトソン君……気持ちはわかるけどさ……むにゃ」 気流子さんがTシャツの裾を引っ張って僕を制止する。凄く眠たそうだ。立ったまま寝れるのではないだろうか。
「……猫さんの人権云々より……ワトソン君、ワトソン君は今猫さんの大切なお話を盛大に邪魔してるんだよ」 雷に打たれた気がしました。 切実に言い聞かせられた。……シリアスシーンみたいだから仕方ないのか これ以上邪魔もしたくなかったので、動かしてしまった机と椅子を元に戻す。静かに着席。
……何とも言えない空気が僕を襲う。猫さんは話始めて良いのか様子を伺っていて、小坂君は怪訝な視線を向けていて、気流子さんは早くも机に突っ伏していて、葉折君は……何か、鼻を抑えて俯いてる。笑いたいなら笑え。悶えたいなら悶えろ……畜生!
何か言えよ!皆何か言えよ!いつもは無駄に騒いでるくせに! シリアスになったとたん自重ですか!そうですか! っつーか葉折君赤い液体が指と指の間から滲んでますけど!?床にポタポタしてるけど!? 掃除してくれるんですかねこれ!お願いします葉折先輩!! いやいやそれにしても何この視線、何この空気!おかしいよ、おかしいだろこれ!
何でこんな……僕だけが、こんな……っ!
「……すみませんでした」 耐え切れなくなり、気流子さんと同じ様に机に突っ伏すことで皆を視界からシャットアウト。 僕と気流子さんがこんなに幅をとってもまだゆとりがある。ふはは、意外と広いんだぞ、この机
「……まあ、音無君は置いておこうか」 黒の猫猫さんが(間違えた)。……こほん、猫さんがもっともな提案をする。
「予想はついてると思うけれど……集まって貰ったのは他でもない。仙人、黒岩暁の事について、だ」"黒岩暁"というワードを聞いたとたん、皆の表情が強ばる。
「……僕は、彼女に殺されかけた訳だけど。結果的には助かった。感謝してるよ小坂君」 淡々と話を続ける猫さん(面倒臭くなった)。感謝していると聞いた途端、小坂君の頬が少しピンクに染まった気がするのは気のせいだろうか。 ……考えたくない。
「おかしくないかな?」猫さんが突然疑問符を投げかけてきた。唐突過ぎて状況を把握出来ないので、大人しく聞く。
「殺し屋ともあろう者が、殺人鬼ともあろう者が、フルボッコされて弱った僕を殺し損なったりするかい?」
成程。確かに殺しと言う解決法を取るのなら、殺人に置いてのいかなる目撃者も確実に仕留めなければならない。 時間がないなんて甘ったれた考えは無いだろうし、仙人だって相当の実力者だ。 急所を的確に突き、一撃で相手を沈める事は出来なくない筈だ。 殺したくなったから。なんて狂気じみた理由で人殺しをするのなら、もっと人間であったのかもわからない程に残虐な殺しをすると思う。 例えば肉片。例えば内蔵を引きずり出す。例えば丸焼き。例えば関節を一つ一つ外していき、最終的にはバラバラ殺人事件。
しかし、猫さんの体はそんなに痛々しい傷は無かった。骨折さえしていたものの、あとは脳天からの大量出血だけ(小坂君談)。 恐らく僕たちも食らった、あの大岩をまともに食らったんだろう。
「うん、まあ。そんなところ」 眉間に皺を寄せて下を向く猫さん。
「……どういう事だ?あのチャイナ娘は何がしたかったんだよ」 怪訝そうに小坂君は僕を見る。僕に言われても。
「……仙人ちゃんは、優しい良い子だもん」 気流子さんは机に突っ伏したまま小さな声でそう呟いた。
……誰も、何も言えなかった。
「私、仙人ちゃん好きだもん」 その台詞は、まるで黒岩暁を苛めるなと言っている様にも聞こえた。
「お友達、お友達なんだもん」 「……愛と勇気とお金と蛙だけじゃなかったのかよ?」 どうやら自己紹介済みらしい。態度は悪い時もあるがちゃんと聞いている辺りが良い人っぽい。
一方の気流子さんは 「…………う、うう……この……ヘタレっ馬鹿ー!! 」 「い……っ!?」
走り去ってしまった。小坂君の頭を思い切り平手で叩いてから。 小坂君は思い切り机とキッス(笑)をする羽目に。ご愁傷さまです。
「ヘタレっていうなーーー!!!!」 直ぐに起き上がった小坂君は鼻を抑えつつ目を三角にして叫ぶ。 顔の構成上鼻かおでこが真っ先にぶつかるから仕方ない。小坂君は割と整った顔をしているから仕方ない。 女装なんかさせたら似合うんじゃないか(苦) ライバル視してる場合ではなかった。
「……葉折君?」
今日はかなり大人しいな。怪我が痛むのだろうか。 ちょっと心配になる
「……音無、…………っ……ううん、何でもない。ごめん、僕寝るね!おやすみ!」 「え?あ、ああはい……おやすみなさい……」 「……何だあの変態……」
思いつめた様子の葉折君は、明らかに様子がおかしかった。これは……何のフラグでしょうか先輩。 フラグは裏切らないという法則から、次また絶対何かが起こるんだ。確信。
「…………彼は……」 猫さんが何かを呟く。いつもの素敵な笑顔はどこにもない。猫だから笑顔も何も無いのだろうけど。
「え?」 「いや、なんでもないよ。……はは、皆眠いみたいだし、今日はもう寝ようか。この話はまた後日……でいいかな?」 長くて綺麗な艶のある尾をしゅるりと一回転させる猫さん。違和感は無い。 今までにもこのように猫に憑依することをしてきたのだろうか
「ん……わかった。俺は引き続き猫神の治療を続ける」 右肩をぐるぐる動かして、体をほぐす小坂君。緊張したのだろうか。堅苦しいのは苦手な性格なのだろうか。
「お願いします。今頼れるのは貴方だけなので」 「お手間掛けるね。有難う」 「……お、おう、じゃあな。ゆ、ゆっくり寝ろよな!」
すごく照れたらしい。可愛らしい人だなあ。悪い人ではないことがひしひしと伝わってくる。男に可愛いとか言ってることおかしいかもしれないけど。まあ、性格を褒めてるだけだし問題はないだろう。
「ふぁ……あ……」 欠伸が出てしまった。うん、流石に眠い。今すぐに横になりたい。
蝋燭の火を消し、暗闇になれないまま手探りで自分の部屋(小坂君に借りている小坂君の部屋)に戻る。
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