「んー?ワトソン君、誰か来たみたいだよ?」

気流子さんがそんな事を言い出した。
確かにインターホンの音が聞こえる。
しかし今の僕の家にはインターホンどころか玄関すら無い。
「あ?俺の家の方だな……。……お前等の治療も終わってないし、家もこんなだし……困るなら、ついてきてもいいぞ」
最後の最後で素直になれないご様子の小坂君がそんな事をいいながら家へ向かっていった。
僕は、小坂君のお言葉に甘えてついて行った。無論、気流子さんも葉折君も仙人さんも。

「待たせたな、用件…………は?」
小坂君が玄関にいた人物に話し掛ける途中で止まる。

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
その人物が、肩に担いでいるのが、血まみれで傷だらけでボロボロなのが、

猫さんのはずがない。

嘘だ。僕は信じない。否信じたくない。
だけど目の前には、血まみれで傷だらけでボロボロでぐったりとしている猫さんが担がれていて。そして猫さんはさっきから全く起きる気配も、それどころか動く気配もなくて。あれ……?まさか、傷は……?よく見れば傷が深……!!まさか……ッ!!

「お前が……ッ!!お前が猫さんを殺したのか!?」
気が付けば僕は、猫さんを担いでいる謎の人物に掴みかかっていた。
そして、僕は泣いていた。
泣きながら、怒っていた。

……僕は狂偽兄さんを召喚獣にしてから……否、生まれて初めて……。

生マレテ初メテ僕ハ人ノ為二泣キマシタ。
生マレテ初メテ僕ハ人ノ為二怒リマシタ。
生マレテ初メテ…………

生まれて初めて僕は本気で一人の人を好きになりました。

「よくも……よくも猫さんをッ!!」
「落ち着きなよ、音無君。……僕の為に怒ってくれているのかい?嬉しいねぇ」
どうやって目の前の人物に復讐……否、どうやって殺そうとしているか考えているのを止めるかのように、猫さんの声が聞こえた。
しかし目の前の猫さんは動く気配も生きる気配も感じない。
「此処だよ、音無君。足元の黒猫さ」
猫さんの声が言うとおり、足元には一匹の黒猫がいた。
仙人さんがその黒猫を抱きかかえる。
「コイツが……猫……神……ですだか?」
「コイツだなんて、酷いなぁ。そうだよ、それが僕だよ。……ごめん、小坂君。僕の身体治療してくれるかい?意識をこの猫に飛ばしたんだけど流石にキツいんだ」黒猫(猫さん)はそう言って苦笑いをする。
いや、猫だから笑ってなど居ないのだけれど、そう見える不思議。
「お、おう……とりあえず応急処置だけするぞ」
猫さんに頼まれた通り、小坂君は救急箱を使って応急処置を始めた。

「猫さーん、この人はだあれ?」
猫さんが無事(?)であることが分かって安心したらしく、さっきまで固まっていた気流子さんが訪ねた。
確かに突然僕は掴みかかってしまったのだけれど、この人一体誰なんだろう。
「僕にもよく分からないんだけどさ、本人曰く一号……だってさ」
ちょっといやそうな顔で猫さんは言った。そういえば蛙が嫌いだったな。
いや、そんな事よりも。
一号だって?
蛙が何故人に…………?
「……妖精の力だねッ☆」
訳が分からなくなってしまったらしい。気流子さんがそんな事を言い出した。でもそれが一番納得出来てしまうから何とも言えない。

「……じゃあ、猫さんをそんなにしたのは一体誰なんだい?」
葉折君が核心に迫る質問をすると、猫さんは「すぐ分かるよ」と、不機嫌そうに言った。

確かに、自分を殺そうとした人物を自分で言うのは間抜けかもしれない。
「間抜けなんて言わないでくれよ……」
ああ、心が読めるって反則。でも言ったのはあなたですよ猫さん。

「……考えてみてよ音無君。簡単な推理さ」
「分かりません」
秘技、分かりません!!考えたくもありませんそんな奴のことなんか。
「……はあ……」猫さんは少し諦めたように溜め息をつくと、仙人さんの腕から離れて「ねえ?仙人?」と意味ありげに言った。
仙人さんは、なにも答えない。
「音無君。推理小説で服が替わったらそこは怪しむべきだよ。で、仙人?」
猫さんは仙人さんを睨んだまま言う。
しばらく仙人さんは黙っていたけれど、とうとう口を開いた。
「あっは……言い訳はしないですだよ。全く、皆殺しにしようと思ったのに……残念ですだ」
凶悪的な笑みを浮かべて仙人は言う。
「な……何故、そんなことを?」
「何故?殺し屋のお主がそんな事聞くですだか?……簡単ですだよ……




単純に、殺したかったからですだ」

葉折君の質問に対した仙人さんの一言に背筋が凍った。
こんな、殺意むき出しの人と一日以上同居していただなんて……。

「それじゃあ、さようならですだよ」

何もする事も言うことも出来ない僕らに、仙人さんは煙と花火を散らして何処かに消えていった…………



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