狂偽兄さんを召喚するのに、小坂君の家を借りてまでやるのは申し訳なかったから家に戻ることにした。

半壊した家を見て呆然としたけれど。

家が半分無くなっていたけど!

後で出来るだけ修復するとして、召喚の準備をする。

準備と言っても、魔法陣を書くとかではなくて心の準備を。

狂偽兄さんを召喚したらまず謝りたいと思っている。
だけど、狂偽兄さんは僕を恨んでいるのかもしれない。……自分を、召喚獣にしたのだから。
そう思うと狂偽兄さんと顔を合わせるのが怖くて、恨まれるのが嫌で、僕は今まで逃げてきた。

……回想終わり。下らない思考は停止。
もう、現実と向き合おう。
自分の犯した罪と……。


「『道狂化偽』《キョウギ》召喚!!」


意を決して僕が召喚呪文を唱えると、右手の魔法陣が発光し、床にも右手の魔法陣と同じ物が光で描かれていく。

「ゲホッゲホッ……なんだこの煙ッ!!」
それと同時に物凄い量の煙が魔法陣から出てきた。
「ヘタレ!窓あけるですだよ!」
「誰がヘタレだ!おい女装趣味!!お前もそこの窓開けろ!」
「失礼な!まるで僕が変態みたいな言い方やめてくれよ!」
「ううー気流リン目が痛いー……」
なにやらみんなが騒がしい。まあ、元気そうでなによりです。

みんなが窓を開けてくれたお陰で、煙はすぐに消えた。
そして、僕の目の前には狂偽兄さんが立っていた。
あの頃の……僕が召喚獣にしたときのままで……。

「狂偽……兄、さん?」
恐る恐る呼びかけてみる。
下を向いていた狂偽兄さんは僕の声を聞いて首をあげた。
「おと……なし……」
「…………!狂偽兄さん!!その、ごめんなさい!!僕……ッ」
何かを言われる前に、何かを考える前に、名前を呼ばれた瞬間僕は頭を下げて謝っていた。
出来ることなら、あの日をやり直したい……そう思いながら。

「音無様……?何故、頭を下げるのですか?」

そんな僕に狂偽兄さんが発した言葉はこれだった。
狂偽兄さんは僕に敬語なんか使わなかった……ましてや、『様』なんてつけなかった。
もう、これは兄さんではない。僕の大嫌いでだけど尊敬していた兄さんでは…………。
最早これ……いや彼は、召喚獣に成り下がった『狂偽』だった。

絶望と後悔とその他諸々が僕を支配し始める。
ただ、みんなが何も言えずに黙っている中僕を心配している狂偽を放っては置けなかった。だから僕は精一杯の出来る限りの笑顔で
「なんでもないですよ、狂偽」
と言っておいた。
狂偽は「それなら良かったです」と笑顔で答えて、魔法陣の中に消えていった……。

「音……無……」

誰が僕に呼び掛けたのかは分からないけれど、僕はそれに答える気力を失っていた。
力無く、がくりと膝をつく。
どうやら絶望に支配されたようだ。
僕が嫉妬してしまったがために、狂偽兄さんは居なくなってしまった。
あの頃は酷く笑えたのに今はどうしてこんなに絶望しているのだろうか?
一人の人間の人生を奪ったから?

「……はっ……僕はどれだけ偽善者なんだよ……」
自虐的な嗤いすらこみ上げてくる。

「音無……歯ァ、食いしばれ」
「え?」
小坂君に呼びかけられては反応した頃には、僕は思い切りぶん殴られていた。
痛い。
凄く痛い。
だけど痛みよりも驚きが勝った。

僕は何故今殴られた?

「ウジウジしてる暇があるなら考えろ。目障りだ」
怒られた。
そう思うと同時に、暑苦しい少年マンガのノリも格好良いな、と思った。

殴られた所をさすりながら起き上がる。

「目、醒めただろ?」

さっきは見れなかった小坂の表情を見るととてもシニカルな笑みを浮かべていた。



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